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【詩】七月のアジサイ



死ぬなら夏がいい
次の季節のことも 来年の梅雨のことも
なにも考えなくていい
ただ蝉の声を聴いて
へらへらと笑いながら
陽炎の中でゆらぎ ゆらぎ ゆらぎ
七月のアジサイは朽ちていく
犬は路傍に干からびて
アスファルトがじりじりと
世界の水分を吸い尽くした
脳髄すら少し経てば乾く


近所の家の戸は
ぴしゃりと閉められているが
おれの命の最後のきらめきを
隠すことなどできないのだ
おれの眼球の奥のかがやきは
そのまま指輪にできるほどだ
おれは一瞬を生きていた
おれは死の間ぎわ どこまでも自由で
世界にひらかれていた


等間隔でぷくぷくと
グラスに浮きあがるサイダーの泡
その拍子が心地よくて
くすぐったくて
自然というものには
原初からリズムが
音楽が備わっているのが 
ただ嬉しくて


東京のアジサイは 
七月を越えることができない
雨なら足りているだろうに
だれもが渇き 口をあんぐりあけたまま
色あせて 枯れていく
無造作に切られた ばらばらの丸太
整然と列に並んだ薪
テニスコートの傍に 名も無き花が咲く


おれが居なくなったら
この詩の真似事を
紐で括って 束ねてくれないか
おれがこの世にいたことを
覚えていてくれないか
夏が追いかけてくることはない
それが 堪らなくいい
夏はただ過ぎて
おれはただ 詩を持ち 死を待つだけ


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