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世界が微笑みかけたのなら

小さい頃と比べて笑うことが少なくなってきました。
それは、笑っていいことなのか、
笑ってはいけないことなのか、
自分のあたまのなかで考えられるようになったから。
小さいころは無邪気に目の前に見えたものを、
なんでも手あたりしだいに笑っていましたが、
大人になると、相手の立場にたつので、
ああ、この場面で笑うと相手の人がかわいそうだから、
笑ってはいけないなとか、
ああ、あの場面で笑うと目の前の人が傷つくかもしれないから、
笑ってはいけないなと思うので、
笑うときが減っていきました。
笑うことが減るとしあわせではないのかというと、
そうでもないことに気がつきました。
「人はしあわせだから笑うのではなく、笑うからしあわせなのだ」
という言葉があるのですが、
僕の場合は、笑わなくてもじゅうぶんしあわせです。
それは、相手の人が喜んでうれしいと、
わたしもうれしいという経験をしているから。
もちろん、僕自身がおこなった行動からうれしいことがあり、
しあわせだと実感することもあります。
小さいころは笑いたいときに笑うことは、
怒られるときもありますが、
たいていは子どもだからという理由で、
おおめに見てもらえると思います。
でも、大人になると、
もう、大人なんだからという理由で、
物事のふんべつをつけないといけないときがあります。
大人のひとで、なんでも無邪気に人を傷つけてまでも、
相手の人を笑ってやり過ごす人がいますが、
僕はそれは違うなと思いました。
大人の仲良くなるという関係を築くことは、
人それぞれあるものかもしれませんが、
僕の場合は、相手の人を思いやりながら、
コミュニケーションを図りたいので、
相手の人のおかしいところを無理にみつけて笑ったり、
なんか楽しいこと話して!と、
無理に笑いを誘うこともしなくてもいいと思います。
天気の話から始まって、ニュースの話や、
好きなものや趣味の話、お互いの近況の話など、
このような話をすることが好きです。
僕はいまジョギングに夢中になっていたり、
仕事でやることがあるので忙しかったり、
休みの日はしっかりリフレッシュしたいので、
誰かに甘えて誰かを笑うというよりも、
やりたいこと、やらなきゃいけないことをやったほうが、
とても気持ちがいいし、楽しい毎日を送れています。
相手に楽しいことや面白いことを求めるよりも、
自分で楽しいことや面白いことを作ったほうが楽しい。
まずは自分が楽しいと思うこと。
それが、いちばん大切だと思っています。
それから、相手のことを考えながら活動を進めていくと、
世界が広がっていくものだと思いました。

#多様性を考える

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