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海:雨:涙みたいに作詞:作曲:編曲 午前五時という音楽ユニットのひとりです。最近はソロ…

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海:雨:涙みたいに作詞:作曲:編曲 午前五時という音楽ユニットのひとりです。最近はソロ、過去に提供。

記事一覧

「返せなかった本一冊 今でもずっと思い出すんだよ」

 以前であれば曲を出す度物思いに耽り、文章をしたためたり空想に浸ったりした。音楽を表明することが僕にとっての言葉だったり、叫びだったり、コミュニケーションだった…

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1年前

「教室の蚕を逃したのは僕です。そうすれば自由になれると思ったんです」

「それでは、二人一組になってください」  三十一人の教室に先生の声が響く。途端に周りで席を立つ足音と楽しそうな話し声がする。  僕はいつも通り事が過ぎ去るのを待つ…

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1年前
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ハルより

1.ハルより ある朝、目が覚めると心が壊れていた。昨日までそこにいた熱は姿をくらまし、代わりに発泡酒の空き缶と錠剤が机に散らばっていた。 窓の外ではこれでもかと桜…

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2年前
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ユキへ

1.ユキへ お元気ですか?こちらはそこそこ、と言った感じです。 季節はすっかり冬ですね。吐いた息が白くなるたび、君の名前を思い出します。 真っ直ぐで、優しくて、綺麗…

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2年前
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「金木犀にさそわれて」

 君の思い出にはいつも匂いがある。たとえば鼻先をくすぐる秋の甘い匂い。私の好きなあの匂いの正体は金木犀だと教えてくれたのが幼い頃の君だった。そしてその花が持つ花…

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2年前
1

「幸福恐怖症」

「幸せになっていいんだよ。だから、」  そこまで書くと僕はパソコンを叩く指を止めた。窓の外からは晩夏の心地いい風が吹いてくる。  ここまでくるのに大分時間がかかっ…

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2年前
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願いをみっつとなえる頃

1.バースデイ カレンダーの日付に思い出す人がいる いつだって思い出は僕を海へ連れていくよ カレンダーの日付に書かない予定をもって 世界をちょっと盗んだ 僕らはきっ…

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2年前

「これはただのひとりごと」

 これはただのひとりごと。  最初に君を見たのは5月の保健室だった。運動会の予行練習でしっかり怪我をした僕は、気付けば真っ白なカーテンに包まれていた。家のそれより…

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3年前
2

さっきみた夢のつづき

遅れあそばせこんばんは。皆様お元気ですか? 時たましわ寄せのように発動するサボり癖によってリリースからもう2ヶ月が経とうとしておりますが、改めてここに記そうと思い…

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3年前
1

「夢を見ていた頃の話です」

 夢を見ていた頃の話です。  一風変わった授業内容にクラスは騒めき立っていました。それを見た先生は、いつかの優しかったお母さんみたいな笑顔で言います。 「はいはー…

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3年前
2

「その日から、この広い世界の中で、私たちはひとりぼっちだった」

 昔、こんな話を聞いたことがある。「涙ってなあに?」「人間がじぶんでつくる、世界で一ばん小さい海のことだよ。」  これが誰が書いたもので、なんてタイトルの本に書…

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3年前
4

「あなたに会うためには花束が必要だった」

 夕焼けの綺麗な日だった。  季節の変わり目にたまに出会えるような、昼と夜がグラデーションがかった美しい空だった。その景色は使い終わったパレットが洗い流される瞬…

Y
3年前
2

「わたしは、先生みたいな人になりたかった」

「それではみなさん、さようなら」 「さようなら!」  小さな教室に割れんばかりの声が放たれて、一瞬蝉の大合唱と重なった。  私は昨日持ち帰り忘れた給食袋を手に取り…

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3年前
9

告白

気づいたらトンネルを歩いていた。 そこには照明がひとつもない。振り返ってみても入り口らしき光は見当たらない。 ただ目を瞑るよりも黒い闇が見えるだけだった。 けれど2…

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3年前
「返せなかった本一冊 今でもずっと思い出すんだよ」

「返せなかった本一冊 今でもずっと思い出すんだよ」

 以前であれば曲を出す度物思いに耽り、文章をしたためたり空想に浸ったりした。音楽を表明することが僕にとっての言葉だったり、叫びだったり、コミュニケーションだったりした。
 でも今、その行為を自身に鞭打って行なっている。25歳、折り返しまで強烈な執念をもって続けてきた創作も、あるラインを通過した時点で「もういっか」と思った。正確には思ったことにした。その方が色々都合が良かったからだ。体とか、心とかに

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「教室の蚕を逃したのは僕です。そうすれば自由になれると思ったんです」

「教室の蚕を逃したのは僕です。そうすれば自由になれると思ったんです」

「それでは、二人一組になってください」
 三十一人の教室に先生の声が響く。途端に周りで席を立つ足音と楽しそうな話し声がする。
 僕はいつも通り事が過ぎ去るのを待つ。新しく書かれたであろう机の文字に、今では何も感じなくなっていることに気づいた。
「組めましたか?それでは、今から授業の内容を発表しますね」
 もう僕は動かない。喋ろうとしない。どこかの組に入れてもらおうとも思わない。
 僕はこの教室の「

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ハルより

ハルより

1.ハルより

ある朝、目が覚めると心が壊れていた。昨日までそこにいた熱は姿をくらまし、代わりに発泡酒の空き缶と錠剤が机に散らばっていた。
窓の外ではこれでもかと桜が咲き誇り、僕は思わず目を細めた。

昔から自分の名前が嫌いだった。この季節特有の風も、やけに感傷的なさよならも、顔を赤くした大人達も、みんな嫌いだった。
そして何より、ただ生きてるだけで人から喜ばれる桜という存在が嫌いだった。

生き

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ユキへ

ユキへ

1.ユキへ

お元気ですか?こちらはそこそこ、と言った感じです。
季節はすっかり冬ですね。吐いた息が白くなるたび、君の名前を思い出します。
真っ直ぐで、優しくて、綺麗な人にぴったりな名前だな、と思います。
僕の名前は…どうでしょう、自分ではそんなに似合ってる気はしません。

もし生まれてくる時に、僕が僕の顔を選べたら、僕が僕の才能を選べたら、僕が僕の名前を選べたら、ということを最近考えます。
叶う

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「金木犀にさそわれて」

「金木犀にさそわれて」

 君の思い出にはいつも匂いがある。たとえば鼻先をくすぐる秋の甘い匂い。私の好きなあの匂いの正体は金木犀だと教えてくれたのが幼い頃の君だった。そしてその花が持つ花言葉を教えてくれたのも、もうここにはいない今の君だった。

「初恋」
「え?」
「初恋なんだって。花言葉」
 あぁ、私みたいだな、と思った。
 声の持ち主が黄色い花弁を愛しく見上げるように、その髪の毛を、その長い指を、その綺麗な横顔を、私は

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「幸福恐怖症」

「幸福恐怖症」

「幸せになっていいんだよ。だから、」
 そこまで書くと僕はパソコンを叩く指を止めた。窓の外からは晩夏の心地いい風が吹いてくる。
 ここまでくるのに大分時間がかかってしまった。街行く人の袖の長さが何度か変わり、僕はその度にしっかりと体調を崩し、幾度となくカレンダーをめくった。そして君と過ごせなかった九月を迎えた。
 それでも、僕は書くことを選んだ。
 季節外れの熱いコーヒーを啜る。夏でもホットコーヒ

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願いをみっつとなえる頃

願いをみっつとなえる頃

1.バースデイ

カレンダーの日付に思い出す人がいる
いつだって思い出は僕を海へ連れていくよ

カレンダーの日付に書かない予定をもって
世界をちょっと盗んだ 僕らはきっと夢を見てる

「…今なら死んでもいいな」
夕暮れ 微笑み はぐれぬように手を繋いだ

約束なんて、いつか忘れるのにね。

愛しい波が足跡を消す
強くはならないで そのかわり優しくいてね
光に包まれてく
僕らは思い出になる

今日み

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「これはただのひとりごと」

「これはただのひとりごと」

 これはただのひとりごと。
 最初に君を見たのは5月の保健室だった。運動会の予行練習でしっかり怪我をした僕は、気付けば真っ白なカーテンに包まれていた。家のそれよりも一回り大きいベッドに、僕は初めて「特別にされた」感覚を覚えた。
 まだ少しぼやけた頭でカーテンを開ける。先生はどこかに行ってるらしい。窓の向こうで集う沢山の帽子と体操服を見て、なんとなく「あぁ、もう僕は"みんな"に含まれないんだな」と思

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さっきみた夢のつづき

さっきみた夢のつづき

遅れあそばせこんばんは。皆様お元気ですか?
時たましわ寄せのように発動するサボり癖によってリリースからもう2ヶ月が経とうとしておりますが、改めてここに記そうと思います。

3月26日に午前五時の1st Full Album「さっきみた夢のつづき」をリリースしました。

聴いて頂けましたでしょうか?
以下に各サブスクサービスへのリンクをまとめたものを貼っつけますので、ぜひ聴いてみてね。(YouTub

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「夢を見ていた頃の話です」

「夢を見ていた頃の話です」

 夢を見ていた頃の話です。
 一風変わった授業内容にクラスは騒めき立っていました。それを見た先生は、いつかの優しかったお母さんみたいな笑顔で言います。
「はいはーい、静かにー。黒板にも書きましたが、今配ったプリントにみんなの将来の夢を書きましょう。なれるかなとかって考えず、叶えたいものを自由に書いてくださいね」
 クラスのみんなが悩み始めたところで、後ろの方の席から快活な声がしました。
「先生の夢

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「その日から、この広い世界の中で、私たちはひとりぼっちだった」

「その日から、この広い世界の中で、私たちはひとりぼっちだった」

 昔、こんな話を聞いたことがある。「涙ってなあに?」「人間がじぶんでつくる、世界で一ばん小さい海のことだよ。」
 これが誰が書いたもので、なんてタイトルの本に書かれたものかはもう覚えていないけれど、その言葉だけは鮮明に覚えていた。
 そしてそれを教えてくれた子のことも覚えていた。触れたらその場所から腐敗が始まってしまいそうな程白い肌で、正面から向き合っても私より数十メートル遠くの何かを見てるような

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「あなたに会うためには花束が必要だった」

「あなたに会うためには花束が必要だった」

 夕焼けの綺麗な日だった。
 季節の変わり目にたまに出会えるような、昼と夜がグラデーションがかった美しい空だった。その景色は使い終わったパレットが洗い流される瞬間の、色と色が混ざりあい濁る直前の儚さを僕に想起させた。
 改札はたくさんの人で溢れている。子供の手を引く母親、何かを急ぐスーツの男性、誰かを待つ女子高生。この場所では未来と思い出が交差するようだった。
 何かを始めるなら今日かもしれない。

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「わたしは、先生みたいな人になりたかった」

「わたしは、先生みたいな人になりたかった」

「それではみなさん、さようなら」
「さようなら!」
 小さな教室に割れんばかりの声が放たれて、一瞬蝉の大合唱と重なった。
 私は昨日持ち帰り忘れた給食袋を手に取りすぐにここを出ようとする。
 もうすぐで夏休みだ。校門を出て左、ひとつ目の分かれ道を右から二番目、その道まで行けばもう誰もついてこない。
 夏休みは、私にとって救いそのものだ。
 三十数日の期限つきではあるけれど、それでもその間は穏やかに

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告白

告白

気づいたらトンネルを歩いていた。
そこには照明がひとつもない。振り返ってみても入り口らしき光は見当たらない。
ただ目を瞑るよりも黒い闇が見えるだけだった。
けれど21歳の僕はここがどんな場所なのか知っている。
あぁ、またか、と思った。
いつから“そうなって”いたんだろう?物心ついた時から何度か経験してきたが、気づくのはいつも後からだ。
歩き疲れた体を地面に落とす。直後、腰から太ももにかけて違和感が

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