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「返せなかった本一冊 今でもずっと思い出すんだよ」

 以前であれば曲を出す度物思いに耽り、文章をしたためたり空想に浸ったりした。音楽を表明することが僕にとっての言葉だったり、叫びだったり、コミュニケーションだったりした。
 でも今、その行為を自身に鞭打って行なっている。25歳、折り返しまで強烈な執念をもって続けてきた創作も、あるラインを通過した時点で「もういっか」と思った。正確には思ったことにした。その方が色々都合が良かったからだ。体とか、心とかに。
 休日珍しく外に出る日は、大体病院や区役所に行っている。そこでは時間がゆっくりと流れ、もう帰らなくていいんだな、と思ったりする。けれど今もなお一人に慣れていない僕は、結局焦った足取りでコンビニに行き、500ml缶のビールを買って帰る。


 携帯の画面に溜まる通知は期間限定のクーポンと海外のよく分からない音源のセール情報と、もう用のないコンペメールだけだ。色んな人に「わざわざ辞めるって決めなくていいんじゃない?」と言われてそうしてるものの、メールを見る度少しだけ心が狭くなる。そのうち言わなきゃな、と思う。
 この生活を、誰の心にも日々にも居場所を作れない人生を、痛い、悲しいと言うのは簡単だ。もう殆ど甘みを無くしたガムでいいなら、寂しいと喚いて噛み続けることだって出来る。でも吐き出してしまった。どうやら僕は25歳で、大人と呼ばれるらしいから。
 だから叫ぶことを、喚くことを、作ることをやめた。そして僕の日常はいよいよ味気なくなった。


 人は言うだろう。今の君の方が明るいよ。笑顔が多くていいよ。ちゃんとしてて偉いよ、と。
 でもそうなって思う。別に明るくなりたいわけじゃなかった。無闇に笑いたい訳でもなかった。偉くなんてなりたくなかった。
 僕は醜いまま救われたかった。過去やトラウマや言葉や創作に囚われて固執して、鼻がひん曲がるほどの匂いがするどうしようもない奴のまま僕は僕を救いたかった。
 僕が救ったのはこれからの僕で、土砂降りの街灯の下俯いて立ち尽くす中学生の僕を救った訳ではなかった。
 自分において、夢が叶わないことは知っている。人への願いが叶わないことも知っている。ただ、自分への約束が叶わないことは知らなかった。


 夏、秋、冬、春、心身と人生を創作に捧げた。他のどんなものもいらなかった。欲しいものは幾つかあった。けど手に入らなくてもいいと思った。自分が自分でいられるなら。
 そして手元に残ったのは作品だけだった。つまりなにも得られなかった。なにも残らなかった。
 そして世界は、今回もなにも変わらなかった。
 笑うだろうか?僕は毎回、寿命を手渡して創作物を得てる気持ちでいた。世界を本気で変えられるのではないかと思ってやっていた。こんな傑作、これまで世になかっただろうと思って作品を空に向かって放り投げていた。
 それはいつも、誰の目にも留まることなく地面に帰ってきて砕け散った。


 だからみんなのように歩くことにした。周りと同じように足を動かすことにした。すると心が余計な荷物に思えた。考えること、感じること、動かされること全ての機微が余分な振動に感じた。だから思いを馳せることをやめた。その上で創作を行うことは不可能だった。
 信号待ち、向かいのビルのガラスに僕の姿が映る。悪くないじゃないか、と思う。なんだか幸せそうでさ。
 でも、僕は結局一人なんだ。選んだ訳でもない、望んだ訳でもない。ただ事実として、僕は今日も一人だった。
 以前のように猛烈に死に焦がれることはなくなった。そのかわり、そよ風のようにそれを感じることがある。


 けれどドラマ性の無い終わりに憧れることはなく、明日も普通に生きていくんだろうと思う。いや、正しくは死ねないんだろうと思う。
 それだけ、という曲は、ただ意味のないものを作りたかったがための曲だった。物語を話すことに疲れ、エンジンを蒸すことに疲れ、ただ目の前で見たものそのままを伝えたかった。
 平日の昼間、街を歩いていて見た新聞配達のバイク、幼児を連れた母親、どこかへ飛んでいくカラス一羽、やたらエスニックな雑貨屋、嫌いだった人のこと、好きな人のこと。
 もし僕がこの曲を人前で歌えた時、もし僕がまた笑いたい笑い方で笑えた時、その周りには人がいるだろう。
 その事実が、例え遠くて叶わなかったとしても、いい未来だな、と思う。


それだけ

ブランコで空を夢見る少年たち
下手くそなサクソフォーン 真夏の前の匂い
グラウンドで誰か打ち上げたフライ
高く高く飛んだ

木漏れ日が作るシルエットが
君の横顔みたいだな

それだけでいい

あの子が窓辺に座ってた病院
泣きじゃくる大人たち 返せなかった本一冊
今でもずっと思い出すんだよ
“またね”と笑う顔を

それだけで

それだけでいい


コトハ「それだけ」Music Video


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