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イギリス小説と映画から読む「階級」。『不機嫌なメアリー・ポピンズ』新井潤美


「○○から読む映画」、もしくは、「○○から読むイギリス」(アメリカ、日本...etc.)っていう本は、これまでの経験から、私には合わないと相場が決まっていました。なぜかというと、著者の中にある事実(もしくは固定観念)を説明するために、映画なり小説なり、エピソードをつぎはぎする場合が多くて、最初はちょっとおもしろくても、ページを読み進めていくうちに都合の良いネタがなくなって、個人的経験を繰り返したり、こじつけエピソードが出てきたりするからです。

でも、この本は違いました。本当に無駄なく、小説と映画をつかってイギリスの階級をミドルクラス中心に語っています。イングランドメインのイギリスの社会と歴史、現代の移民たちの問題までしっかりカバーしつつ、著者の個人的経験は最低限の補足的にしか引用しないのも神業的。

私が特におもしろいと思ったのは、アメリカで映画化されたものと原作の違いを比較した文章。そうすると、英国文化と米国文化の違いが浮き彫りになります。著者の、英米どちらからも距離をとるような、俯瞰するような語り口は魅力的です。普通は、どちらかに肩入れしてしまうだろうから。高校まで香港、イギリス、オランダで生活した複数の「他者の目」を持つ著者ならではだと思います。

この本を読むと、アメリカ映画の原作にイギリス小説が多いことがわかります。私はあまり詳しくないので、意外でした。古典的(?)な小説を下敷きにして、アメリカの現代小説を書いたり、映画をつくったりしているのはおもしろいですね。特に恋愛映画がそう。すごく軽そうな「ブリジット・ジョーンズ」でも、元ネタがあるなんて。

具体的な小説・映画の話では、『ハリー・ポッター』の部分がおもしろかったです。TVで放映された吹替版の映画では、登場人物たちの英語やら役どころがさっぱりわからず、日本でもよくあるヒーロー、そそっかしい友達、しっかりした優等生の女の子の3人組の活躍劇(名探偵コナンとか)とだけ思っていました。だから、小説で挫折した後は、映画もちゃんとみたことがありません。

でも、著者によれば、主人公はジェントルマン階級的ヒーロー、さえないロンは上流出身ではあるけれど経済的にオチこぼれた家の息子。ハーマイオニーはミドルクラスで家柄はないに等しいけれど、努力で実力をつける役どころ。しっかりイギリスの階級社会を反映した役どころで、原作も3人がそれぞれ階級を反映した英語を話しているのだとか。なるほど。

『ベッカムに恋して』は私も見た映画なのに、著者が引用する部分には(当たり前でした)まったく気がつきませんでした。日本人やアメリカ人には不要な部分なのかもしれないですが、著者のように上手に指摘してもらえると、もう一度見たくなります。

映画雑誌であらすじを知っているだけの『日の名残り』。カズオ・イシグロさんが日系イギリス人だっていうのにもびっくりしたけど、あれがアメリカや日本ではイギリスらしい作品と受けたのに、イギリスではあんな人はイギリスにはいないステレオタイプイシグロはイギリスを知らないと不評が多かったそうです。イシグロさんはずっと英語圏で育って、日本語はしゃべれません。そして、彼の描いた日本の「浮世の画家」は、日本ではあまり評判がよくなくて、イギリスで受けたとか。これはわかる気がします。

外国人はイギリス社会の階級に気づかないし、外国人にとっての意味もあまりもたないけれど、イギリス人にとってもまた外国のリアリティはどうでもよくて、むしろ「ステレオタイプ」が好まれる。本当の日本(イギリス)なんてどうでもいい。イギリス(日本)らしいものが見たい・・・消費者としての欲求ですね。

本書で主に取り上げられている小説・映画
オースティン『エマ』
・フィールディング『ブリジット・ジョーンズの日記』
・ブロンテ『ジェーン・エア』
・トラヴァーズ『メアリー・ポピンズ』
・モーリア『レベッカ』
・ディケンズ『大いなる遺産
・フォースター『眺めのいい部屋
・ファウルズ『コレクター』
・ウェルズ『タイムマシン』
・バージェス『時計仕掛けのオレンジ
・ロウリング『ハリー・ポッター』
・イシグロ『日の名残り』
・クレイシ『郊外のブッダ』



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