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スリリングでミステリーでおいしい小説は反則『炒飯狙撃手』張國立(玉田誠訳)

狙撃手(スナイパー)のイメージといえば、孤高。人付き合い苦手。無駄なことしない。無口。ストイック。百発百中の仕事人。なのに、本書のタイトルは「炒飯」+「狙撃手」。炒飯ですよ、チャーハン!!!
この矛盾率高過ぎな言葉の並びだけで、中華好き&言語好きの10人中7.3人は本を手にとってしまうはず。

主人公の狙撃手「小艾(シャオアイ:艾礼)」は、組織の指示通り、ローマで東洋人のターゲットを射殺しました。あちこちにある防犯カメラを想定して、変装と移動を繰り返し、完璧な仕事をしたはずなのに、直後から彼は何者に命を狙われることになります。なぜなのか?

一方、ローマの警察は警察で、観光客が偶然撮っていたスマホの動画から、小艾の観光客らしくない行動が確認されてしまいます。こういう現代的な「完璧だったはずの作戦のほころび」、大好きです。その後、うまく逃げたはずの小艾を、ヨーロッパ各地の防犯カメラが追い、被害者が台湾の要人だったことから、台湾の警察へも協力要請が舞い込みます。

小艾の狙撃手としてのプロフェッショナルな仕事ぶりや、スプリングフィールドM21とか狙撃銃のバージョンの話、小艾の軍隊での訓練の思い出とか、ハードボイルドな描写が続くかと思いきや、いきなり予想外の飯テロ描写がくるところ、すごすぎます。

三分もしないうちに、小艾は手にした中華鍋を巧みに操りながら、具材を炒めていく。卵黄と白飯が、熱した鍋の中で勢いよく飛び跳ねる……サラミを刻んで卵とご飯を一緒に炒めるというアイデアは、マナローラで思いついた。チャーシューが見つからず、かといってイタリアの生ハムの味は炒飯に合わない。思いつきで、イタリアの老人たちの大好物であるサラミを使ってみたところ、これがあたった。サラミのいいところは、油分となるラードの含有量が多いので香りがよく、潮味もあることだ。だからご飯に塩を足さなくてもいい。

張國立『炒飯狙撃手』

もちろん、小艾の訓練時代の話もおもしろいです。こういうときに、必ず出てくるのが鬼教官(鉄頭)。彼は逃亡しながら、折りにふれ訓練時代の教官の言葉を思い出します。

確認するべきは耳朶だ。スナイパーが常にターゲットの顔を覚えているわけではない。だがターゲットとなる頭部の特徴は、しっかり頭に叩き込んでいる。
鉄頭教官は言った。耳は皆、違って見える。
「個人の特徴といえば指紋ではないのでしょうか?なぜ耳なんです?」
鉄頭教官の前では、誰もが「はい」と叫ぶだけで、質問することは許されない。それでも彼は質問した。
「撃つ前にターゲットの指紋を確認する時間があると思うか?」
……
ターゲットが、女性や髪の長い男性だったらどうするのですか?
「馬鹿野郎。だったら運がなかったと諦めるんだな」
このあと、彼は運動場で百メートルの蛙跳びをさせられた。

張國立『炒飯狙撃手』

この本の中で、小艾は何度も鉄頭教官の教訓話を思い出しますが、その内容の多彩なこと。しかも9割の確率で中国の歴史故事。楚の養由基の「柳葉を去ることにして百歩にして之を射、百発百中」の話。戦国時代の魏の名射手更赢の賭けの話。三国志の名将太史慈の話などなど。全部古代の話なので、銃ではなく弓ですが、教訓として現代にも十二分に通じることろがおもしろいです。

さて、イタリア警察から協力要請が舞い込んだ台湾の警察では、軍人2人が不審な死を遂げた事件を調査中でした。片方は自殺、片方は事故とされ、政府は沈黙。軍も事件性を認めません。そんな中、退職間近のベテラン刑事「老伍」が、イタリアでの要人暗殺事件と関連づけて捜査します。退職の日が1日、1日と迫る中、失職覚悟でも事件を解決しようとする老伍と上司の「蛋頭」の熟年バディがかっこいい。

……のですが、なんせ舞台が台湾なので、話の合間、合間に挟まってくる料理の話がおいしそうでお腹がすきます。あと、家族の問題も絡んでくるので、事件解決と同じくらい、嫁舅問題も大事だったり、息子の引きこもり気味を心配するところ、適度に肩の力が抜ける感じが亜熱帯でいいです。

老伍たちの捜査で浮かび上がってきたのは、かつての国民党独裁時代よりももっと古い、大陸時代からの黒社会(≒ヤクザ)と軍隊のつながり。そういえば、戦前の中国大陸(東北)の宗教組織に「在家裡」ってのもあったはず。あと、すぐに大陸を奪還するつもりで、大勢のスパイを中国に残していった蒋介石政権とか。歴史をよく知る作中のエピソードは、刺さる人種に刺さりすぎます。

そんなわけで、本来なら主人公の小艾は暗殺者で、捕まえられないといけない犯罪者なのですが、彼の性格がすごく魅力的なうえに(外見の描写が体格ぐらいしかないところも◎)、信頼していた人たちから裏切られている状態なので、彼にはトコトン逃げてほしいと思ってしまいます。

そして、逃げるだけ逃げて真相がわからなかったら、真相究明で倍返しとばかりにパスポートも失効した故郷台湾に戻って来る小艾。かっこいいです。身寄りのない彼が頼るのが、堅実なベテラン刑事老伍ってのもまた魅力的。彼の息子も、最初は父親の心配毎だったはずなのに、いつしかネットに弱い父親の助けになってるところもいい。

イタリア、台湾、ヨーロッパ、台湾……追う側と追われる側がやがて交錯して、本当の犯人を追い詰めていくラスト。着地点はわかっていても、心地よくハラハラさせてもらえます。張國立さんのすばらしい文章と翻訳者さまの苦労に感謝。英語圏だけじゃなく、ドイツ、フランス、ロシアでも翻訳されているというのもむべなるかな。続編がめちゃくちゃ楽しみです。

余談ですが、張國立さんの名前の漢字をわざわざ「国」ではなく、台湾の繁体字「國」のままにしているのは、張国立さんという中国の俳優&映画監督さんがいるから、混同しないようにという配慮なんですね。多分。

原作に興味のある方はこちら。電子書籍で購入できます。

女性の狙撃手の話も読みたいんですが、実話にしろフィクションにしろ、悲しい話が多い気がして少し避けています。好きだけど。

そろそろ、『最強の女性狙撃手』を積読から解放しないといけない気がしています。


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