見出し画像

SFかと思ったら寓話のような現実でした。『銃座のウルナ』伊図透


主人公のウルナは孤児で、自分を育ててくれた教会や友達を守るために、志願して兵隊になります。長い間、戦争ばかりしている祖国が、女性ばかりを配属する先は、雪深い島で、敵は口だけの大きな怪物たち。なぜ、彼女たちは化け物と闘わなければいけないのか。読み進めていくと、驚愕の事実がわかってきます。

辺境の部隊にいる女性兵士たちの、悲惨な人生がやさしい筆致で描かれていています。最初の戦場シーンはSFかな(?)と思うような場面が続きます。1930年代と思うような、雪深い、きれいな風景と、対照的な戦場の女達の悲惨さ。軍隊に入らないと生きていけなかった、居場所のなかった女達の落差がすごいです。そして、彼女たちのシスターフッドを戦争が全部踏みにじっていきます。最前線に送られる囚人兵とかは、ソ連やロシアっぽいですね。

後半、ウルナは一転してふるさとに戻ります。狙撃手として優秀だったウルナは、戦場の英雄になり、おかげで、その後、強制的に故郷に戻ることになりました。前線で敵に捕まって、見せしめに殺されたりしないように、という配慮。「愛国」の模範的な女性兵士として、宣伝を担当します。

でも、当然ながらウルナは穏やかには暮らせません。日常生活でも夜は眠れないし、大した仕事はないし、戦場を知らない、昔の友人とは以前のようにつきあえません。戦場で心に抱えた闇をどうすることもできず、やっとわかり会える男性があらわれたのに、その人はウルナに驚愕の事実をつきつけます。

ウルナと恋人の繰り返し描写されるセックスシーンは、二人が破滅を予感して、それでも惹かれて、お互いしゃべらずにいるための代償行為のようです。戦争で傷ついた2人が、個人ではどうにもならないことを抱えて、真面目に悩んで、狂う寸前まで問題を突き詰めてしまいます。

この作品では、最後まで政府の上層部が出てきません。だから、戦争を決めた人たちが、何をどういう方針でやっていたかがわかりません。ウルナや戦友やふるさとの人たちは、政府の言うなりに徴兵されたり、厳しい生活するしかありません。

ウルナが故郷を思うほど、故郷の人たちはウルナにあたたかくありません。政府は信用に値しません。頼れるのは、戦場で苦楽をともにした仲間や、戦争を知っている仲間たちだけ。それでも、彼女は故郷を愛します。子どもに未来をたくして。ただ、彼女の強い意思をもって。


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,023件

#マンガ感想文

20,013件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?