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あまりにも台湾的な探偵物語。『台北プライベートアイ』紀蔚然(船山むつみ訳)

最近は、評判のいい中国語の本がガンガン翻訳されて、読むのが追いつかない、嬉しい悲鳴の日々です。こちらの本も、もうタイトルだけでも、絶対おもしろそう。そこに、『辮髪のシャーロック・ホームズ』を翻訳した船山むつみさんの名前が加われば完璧です。今回読んだ『台北プライベートアイ』は、日本語で翻訳されるより先に、フランス、トルコ、イタリア、韓国、タイ、中国(簡体字)で翻訳されている作品だとか。

『台北プライベートアイ』は、原作が『私家偵探』という台湾のミステリー小説。台湾の輔仁大学というミッション系の大学を卒業し、アメリカで博士号を取得し、台湾の名門大学で教授を務めた紀蔚然(きうつぜん)さんの作品です。紀さんの専門は演劇。この小説の主人公も演劇の脚本を書く演劇人で、大学の教授でした。

ただ、作者の紀さんと小説の主人公の呉誠は似ているようで全然違います。呉誠は、奥さんに逃げられ、演劇に行き詰まり、若い頃から抱えていたパニック症候群など精神的な問題をどうにもできなくなってしまいます。そして、50才を前に大学の仕事を捨て、台北の街外れ臥龍街に引っ越して、私立探偵の看板を上げるのです。

お酒を飲むと自分をコントロールできなくなり、友人たちをさんざん罵倒した呉誠は、友人たちや演劇と縁をきるような勢いで、たった一人、私立探偵を始めます。そして、新しい場所で新しい仲間をつくり、最初の依頼を無事にこなすことに成功します。

一件落着に満足した呉誠は、今度は近所で起こっている連続殺人事件に首をつっこみます。気になっていた情報を、知り合いの警官から入手した矢先、なんと呉誠が容疑者として浮かび上がるんです。

容疑者に殺到する、倫理もへったくれもない台湾マスコミ。頼りになるんだか、ならないんだかわからない警察。有能だけど人間的に問題ある弁護士。そして、探偵助手ビギナー揃いの呉誠の仲間たち。元気すぎる呉誠の母と、つれなすぎる妹。あまりにも台湾らしい脇役たちばかりで、呉誠の丁々発止の掛け合いがお見事で、途中から物語は加速度的におもしろくなっていきます。

この小説はミステリーで、探偵ものとしても悪くないのですが、作品の魅力はなんといっても台湾らしすぎる登場人物たちです。ダサいけど憎めない人たちと台北の街。台北の下町に住む人たちの長所と短所を絶妙なバランスで組み合わせて、コミカルに仕上げた楽しい作品です。

そして、街中にある監視カメラをうまく事件の捜査に取り入れていたり、トリックに使っているところは現代的。呉誠の専門の演劇の要素や大学の先生らしい書類保続の義務の面倒臭さなど、大きなものから小さなものまでディテールがリアルでクスリと笑わされます。

中国語がわかる方もわからない人も、この小説が気に入った人は、だまされたと思ってKindleにある原作の無料お試し読みをダウンロードして、目次だけでも見てください。中国語ならではの言葉遊びに大笑いできます。(そして、翻訳者の苦労にしみじみ思いをはせることができます)

まともなときでも、まともじゃないときでも、読み応えある呉誠の饒舌なひとり語り。戦争になると精神病患者が減るという俗説のとおり、ピンチになればなるほどまともになっていく呉誠。ジョークと事実と誇張と自虐とが、いろんな部分でバランスよく組み合わさって、文量も半端ないですが、気がついたらあっという間に全部読んでしまいました。

ミステリー好きにうけるかどうかは、読む人の好み次第ですが、台湾好きならだいたい満足できる1冊。私も、台北には仕事でも何度かいったことがありますが、だいたいいつも決まった場所ばかり。呉誠が引っ越した臥龍街のあたりは全然知りません。今度台北に行く機会があったら、ぜひ聖地巡礼してみたいです。続編『私家偵探2』の翻訳も楽しみ。


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