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自分の才能の無さに打ちひしがれた時に読む記事

こんにちは!言葉を愛する占い詩人ヲキタです。

「自分って才能無いんだな……」

そう思ってしまう人は結構多いのではないでしょうか。

ヲキタももれなくその一人でした。
というか、現在進行形で
「自分には才能が無いな」とよく思います。

過去にこんな記事も書いています。

私は言葉の美しさに魅せられて
本を読むことや詩を書いたり読んだりすることが好きなのですが、美しい文章(詩)や思わず読んでしまうような面白い文章(詩)を読むと

「こんな文章(詩)が書きたい!」

と思うのと同時に

「自分の文章(詩)は全然大したことはないな……」

と思います。そりゃあもうしょっちゅう。
そのたびに、自分は凡人なのだなーと打ちひしがれます。

しかし、最近のヲキタは

自分なりに文章や詩と向き合っていけばいい

と少し考え方を変えることにしたのです。

才能ってなに?

みなさんにお聞きしたいのですが
才能って、なんですか?

運動神経がいいこと?
勉強が人よりできること?
継続した努力ができること?
人を楽しませることができること?
素敵な文章や詩を書けること?

きっとそのどれもが、才能だと言えると思います。
ですが、人の才能を計る尺度って、とても曖昧なんですよね。

「すごい」と感じる人はこの世界にたくさんいるけれど、もれなく私も他人からそう思われているかもしれない。

人が誰かのことを「すごい」と思うのは
それが自分にはできないことだから。

自分には当たり前にできることであれば
特別「すごい」とは感じないはず。

そして「すごい」と感じる誰かのことを羨ましいと思うのは、自分がそれをできるようになりたいと思っているから。

つまり、ある程度自分にその分野の才能があるからなんです。

ヲキタに当てはめて考えてみると
素晴らしい文章や詩を書ける人を羨ましいと思うということは、ヲキタの文章や詩にも、何かしらの魅力があるということ。

つまり、ある程度の文章や詩の才能があるということ。

実際にこれまでの人生で
「文才がある」とヲキタのことを褒めてくれる人は何人もいました。

逆に私はスポーツのことはまったく興味がなく
プロスポーツ選手の活躍するニュースを見ても
「ふーん。」と思うだけです。笑

すごいな、とは思うのですが、特別うらやましいと思ったことは皆無です。
きっと私には才能がない分野だからこそ、
比べようとも思わないのでしょう。

スポーツの分野に関しては
特別褒められたこともないし、そのことを特になんとも思っていません。
だって、私はスポーツをしたいとあまり思っていないから。笑

才能が欲しいと思う時点で才能アリ

「あの才能が欲しい」「うらやましい」
と思うということは
「自分もそうなりたい」
と思っていて、ある程度その分野に対する才能があるということ。

でも、先に書いた通り
才能を測る尺度なんて、本当に曖昧なんです。

あの人にはあの人の良さがあるし
あなたにはあなたの良さがあるし
私には私の良さがある。

その良さを、どう発揮していくか。
それもまた人それぞれ。
あの人と同じにならなくてもいいんです。
だって、違う人間なんだから。

たとえ自分は凡人だと思ったとしても

あなたにはあなたの輝き方がある。
それを模索していくこと。

それこそが、自分の持つ才能の生かし方なのではないかと思います。

沖田めぐみ

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