風水 李桜(かざみ・りお)

物書き志望の一般人。 波乱万丈な人生を歩んできた様々なことを書き散らしていきます。 (…

風水 李桜(かざみ・りお)

物書き志望の一般人。 波乱万丈な人生を歩んできた様々なことを書き散らしていきます。 (令和5年にペンネームを変更しました)

最近の記事

顔、暴走中。

今日「も」、病院に来ている。 そもそも昨日が精神科通院だったので、いつものように午後から会社を出て病院を受診した。 いつもとひとつだけ違ったのは、顔の引きつりが酷く、ヒクヒクと痙攣が止まらないのだ。 4年ほど前にこのひきつりは心療内科医によって「チックだね」と断言され、はぁそうなんですね、としか思わなかった。 しかし昨日と今日に関しては全く違う。 痙攣が酷すぎて右目を開けていられない。口もせわしなく突き出したら横にひんまがったり。 昨夜しっかり寝たはずなのに、顔が治ら

    • ホワイト

      白いセーター 白の車 冬なのに眩しい昼間 照れくさそうに 笑みを浮かべるあなた 車の中で繋いだ手は 暖かくて暖かくて 冷えたわたしを包み込んでいく 白いシーツ 白いバスタブ たっぷりのお湯に身を浸した ふたり横たえたからだ ゆっくりとゆっくりと 近づいて 重なって マイナス零度の空気に 戻るのがいやで 白いセーターにしがみついて 帰りたくない 帰したくない 泣いた夜 わたしのものにならないあなた それでもいい いいけれど あなたの心のどこかに わたしの欠片が残っ

      • うつ。

        気温のアップダウンがかなり激しい今。 お陰様でとんでもない精神的不安定な状態が続いている。 桜満開で花見をしている方々を尻目にひどい咳をしながら体を横たえている私は、とんでもなくネガティブでとんでもなく辛い。 うつが体にジワジワと広がっている。風呂に入ることや身だしなみが億劫で、体が鉛のように重い。 その上仕事場でもトラブル続きで先行きは全く見えない。 動かなくちゃ。 私、なんとかして今の状態を打破しなくちゃ。お金が無いんだから働かなきゃ。働かなくちゃ。 なのに、体が、

        • 叶えたい、夢。

          家と職場を往復するだけの毎日。 職場で胃をキリキリさせながら帳簿やパソコンと向かい合って、家に帰れば味わうことも無く晩御飯を頂いてからラムネのようにザラザラ服薬して、バタンキューと音を立てながらベッドに突っ伏して、気がつけば朝。 …ハッキリ言って、毎日毎日しんどいです。とはいえ生活のための仕事です。病院やら役所やらの事情も抜けさせてもらえる(無給ですが)融通のきく仕事場なので、なかなか辞められないし、楽しみがないですねぇ、ホントにねぇ…。 ささやかな楽しみは、YouTub

          自分の名前はお好きですか?

          あなたは、ご自身の名前をお好きでしょうか。 わたしは、大嫌いです。 姓名共に、大嫌いです。 過去に、別のふたつの苗字を名乗ったこともありましたが、結局元の苗字に戻って、嫌々自分を示す記号として使っています。 苗字は渋々使用はしているものの、名前に関しては日常生活ではほぼ使用しません。X(旧Twitter)での名前もあだ名ですし、ここでもペンネームを利用しています。 名前が嫌いな理由はたくさんあれど、いちばん気に食わないものをひとつ。 わたしの名前は、父方の祖父の知り合

          自分の名前はお好きですか?

          推しは推せる時に推せ。

          2ヶ月にいちど、我が家のポストに届く、白い封筒。 私は毎度それを心待ちにしている。 コート紙2枚、A4版に折られた、たった8ページの印刷物。でも私はそこに書き連ねられた文字をじっくりゆっくりと目で拾っていく。 *** 中学生の時から大好きなアーティストのファンクラブの会報。表紙には最近の彼の写真とファンクラブ会報のタイトル、ナンバリングがされている。今日届いたのはvol.170。えー、そんなに長く続いていたんだ、と改めて思わされる。 昨年末に数年ぶりの個人ライブツアーが

          推しは推せる時に推せ。

          双極性障害のこと

          昨年更新申請した精神の手帳。実は等級が上がった。 一昨年の12月に、長年通っていた心療内科でセカンドオピニオンをお願いしたところ見事に見切りをつけられて今通う精神科に移ったのだが、手帳申請の意見書にはチックと双極性障害の疑いの記載があった。それが等級アップの大きな理由になるのだろう。 いや、実は双極性障害の気配は以前から、随分前から感じていた。 以前通っていた心療内科では「疑い」でとまっていた診断であり、あくまで私はうつ病患者であると信じていたが、その割には活動的になりす

          今年の抱負

          本当は先に、今年の抱負やらそういうのを書き留めるつもりだったが、思わぬ事態で先にパニックの話を書いてしまった。 改めて…、こほん。 あけましておめでとうございます。 2024年。50歳まで1年半程度になるという年でございます。 抱負としては。 *ここへの投稿を増やす(フィクションもノンフィクションも) *読書量も増やす *心身の健康をはかる *貯金 *強い信仰をもつ この5つが主なものである。 インプットがなければアウトプットは出来ないので、ダラダラ動画を漁る時間

          元旦早々

          2024年、元旦。 母も仕事に出ているし、晩御飯作りは私の役目。 中途半端に空いた時間を、布団に潜り込みながら動画漁りをしていたが、いつの間にか眠っていたらしい。 ふと、目が覚めて、数秒後。 ゆら、ゆら、ゆらゆら… 小さい横揺れが始まった。 寝ぼけまなこで、ああどこかでまた地震でもあったのかな? と肘を立てて上半身を持ち上げる。 が、揺れが収まらない。 揺れは横に、だんだん強くなる。 これくらいで収まるだろうと思っていたのに揺れが、ぐらんぐらんと、続く。 体感としては2、3

          昔見かけたお兄ちゃんをYouTubeで見かけた ~RABとの出会い

          世間で『うっせぇわ』が大バズりしていた頃。私は車で通勤しており、iPhoneで音楽をいろいろ聞きながら通勤を電車の倍の時間かけていた。 仕事に行くのも帰るのも、もちろん仕事もしんどいのがあって、『うっせぇわ』は車の中で聞きながら口ずさむのにちょうどいい内容の曲でもある(時期も時期だったし、いろいろ)。 クタクタの体を横たえながら、なんとなく付けたタブレット。何を見るわけでもないので画面をどんどんスクロールする。 ふと目に付いた『うっせぇわ』。 歌っているAdoさんの動画

          昔見かけたお兄ちゃんをYouTubeで見かけた ~RABとの出会い

          チャンドラーが死んだ。

          チャンドラーが死んだ。 誰? と思われる方は、Yahooニュースなどで『フレンズ俳優死去』で探して頂きたい。 チャンドラー、いや、マシュー・ペリーさんが亡くなったそうだ。54歳。どうやら溺死らしい(一部報道による)。 私が学生だった頃、まだ家が少し裕福だった時、家にWOWOWがあり、アメリカで放映されていた『FRIENDS』というドラマにハマり、放映終了した後もレンタルで何度も見返すくらいに大好きだった。今でも好きだし、彼らの復活のニュースなどを見かけて嬉しくなっていた。

          チャンドラーが死んだ。

          オトモダチ

          週末。 昼を過ぎた太陽がジリジリと全てを照りつける。エントランスを出た彼女はあまりに眩しい日差しに目を細めてから日傘を差した。 しばらくするとよく磨かれた白のセダンが彼女の目の前に停車した。カチャリとドアキーが開き、彼女は唇の端に少しだけ笑みを浮かべてセダンのドアを開き、滑るようにシートへ身を沈めた。 …私には少し年上の「オトモダチ」がいる。 そもそもは「オツキアイ」だった関係だけれど、何度かの大きな喧嘩のあと、オツキアイはオトモダチになったようだ。いや、オツキアイなのか

          I want to “幸せ”

          胃腸風邪?でここ数日、ひたすら床に伏せていた。水分しかほとんど取らず、押し寄せる吐き気を我慢しながらトイレに通う日々。 今朝はパンをかじってみたものの口のまわりがベタつく上に気持ち悪くてひと口でリタイア。それでも仕事行こうと歯を磨くと見事にオエッ…。 (私は嘔吐恐怖症があり、自力で吐くことは出来ない) いい加減病院で薬をもらって何らかの処置をしようと予約を入れたら、今度は夕方の時間が返ってきて、それまで我慢だ耐えるのだ、と半べそをかいていた。 電話を切って直ぐに病院から電話

          決意のようなもの

          こんばんは。 今、長く続くであろう「遺すことば。」をちまちま書いていますが、どうにも多忙で筆が進まないため、たまに“コラム”のようなものを挟みたいと、これを書いています。 2023年がそろそろ半分終わろうとしています。空気がじわーっとイヤな湿気をもたらす時季になりました。 一昨年あたりにこのnoteのアカウントを作ってから色々書いていたのですが、全部消していちから書き直しています。もちろん名前も変えて。 私は子供の頃から“いつか自分の書いた文章で本を出すんだ”というとん

          遺すことば。(1)

          50年ほど前の大阪。 ある男とある女が、結婚をした。 二人は仲良すぎることもなく、仲が悪すぎることもなく、新婚さんのよくある日常を送っていた。 2年が経過したころ、女は妊娠し、十月十日を通して子供を産んだ。 その子供が、私だ。 いつもニコニコと笑顔でいるので、かわいいかわいいと溺愛されて育っていた私。たくさん残る写真に写る私はどれも、目にキラキラと未来に希望を持った輝きを持っていた。 数年後きょうだいが産まれるとお姉ちゃんとしての意識が生まれてきょうだいをかわいがる面

          シャープペンとルーズリーフ

          シャープペンを握り始めてから、かなりの時間が経っていた。教科書やらノートやらが積み上げられた学習机の上、わたしはB5のルーズリーフが置けるスペースだけを確保して、ルーズリーフに文字を書き付けていた。単に書き付けていただけではないけれど、握るシャープペンが書く文字を目で読んでいく。 ルーズリーフが3枚両面、字で埋まったところで、わたしははたと手を止めた。ある程度の、書きたいことばたちが塊になって吹き出し、区切りがやってきたから。 息を大きく吸って、散らばったルーズリーフをまとめ

          シャープペンとルーズリーフ