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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#小説

鏡の私は電子チワワを拾う

 鏡の中の私が犬を拾ってきた。  デジタルデータでも捨て犬になることがあるらしい。  窓のように大きな鏡の中で鏡の私はチワワを抱っこしている。 「データが初期化されて帰る家がないみたいなの」  と鏡の私は言う。  現実の私は怪訝な顔をした。 「変なデータとかじゃないの?」 「ウイルスチェックは異常なしだった」  鏡の私は私と全く同じ怪訝な顔をしていた。  同じ服を着てメイクも表情も同じ。だって鏡だから。  だけど身体の動きだけは現実の私から切り離されて、鏡の中の私は彼

【SS】鏡の国の亜里沙(840文字)

物心がついたときから、私は鏡の国の住人だった。 私は亜里沙の写し鏡。 現実世界の亜里沙が笑えばそれに合わせて笑い、怒っていれば顔を顰めてみせた。彼女の姿を映すこと。これが私の生まれた意味だ。 幼い時から彼女を見守ってきたからか、私は彼女が愛おしくて仕方がない。笑顔が可愛い亜里沙。彼女が笑えば私も嬉しい。 でも、中学校に入った頃から亜里沙はあまり笑わなくなった。朝学校に行く前に、亜里沙は鏡の前でため息をつく。私も慌ててため息をつく。 「綺麗になりたいな......」

SS 侍と鏡 #夏ピリカ応募用

次男の長左エ門は、姉から鏡を貰う。嫁入り道具は新しく買うので不要と言われた。男がこのような鏡を持っていても仕方が無いのだが大好きな姉からの贈り物だから粗末には出来ない。自室の道具入れにしまう事にする。「では長左エ門、家をよろしくね」病弱な姉は美しいがどこか影のある人で他家に嫁ぐのは無理のように感じる。「姉上も元気で」手を握りながら別れを告げる。嫁げばもう二度と会うことは無いと思うと泣きそうになる、軟弱な自分が愚かに感じる。この家は長男が居るので自分は何をするわけでもない、ただ

【掌編】若輩アリス、新橋にて。

「飲みに行きましょう」と国見さんに誘われ、新橋に来ている。 対面の二人席。店内は僕ら同様、仕事帰りのサラリーマンで賑わっていた。 「では」 お通しと共に運ばれたビールジョッキを掲げ、国見さんが乾杯を促す。慌てて自分の分を持ち上げ、お疲れさまです、とそれを合わせた。 国見さんは、この春の異動先にいた古株だ。若輩者の僕なので、総括課長として部を切り盛りする彼から、何かにつけフォローを受けている。が、こうして飲みに誘われたのは、初めてのことだ。 「どうですか、最近は」

【かがみの私】

【かがみの私】カガガ丸|幸せみぃちゅけた 2022年6月22日22:43 エッセイですみません。 でもテーマ「かがみ」ということでどうしても書きたいがあふれてしまいました。 私の旧姓は「加賀」なんですが、下の名前が「み〇〇」なんです。それで大学生の時のあだ名が「かがみん」だったんです。ちょうどそんな名前のキャラクターが登場するアニメが流行った頃で友人がふざけて呼んでそれが広まった形です。 前置きが長くなっちゃいましたね。 みんなは「かがみん」って呼ぶんですけど、ちょ

短編小説 | 水鏡

 かつて、水にうつった自分の姿を見て、惚れてしまったナルシスという人物がいたという。 「おお、なんて美しいのだ。わたしはあなたのことを愛してしまいました」 そして、そのまま、水の中に入っていって死んでしまったという。 「それって神話だろ。そんな奴は実際にはいないだろう」 「いや、それがそうでもないらしいんだよ。とある統計によれば、少なくても今までに158人が、ナルシスと同じ死に方をしたらしいぜ。ぼくの知っている秘密の蓮池で」 「とある統計ってどこの統計だよ?だいたい、その蓮

映し鏡【ショートショート】#夏ピリカ応募作品

「…なんだ?」 乗っていたエレベーターが突然停止した。 「クソッ、ふざけんな!」 非常ボタンを押しても何も反応が無い。 その日、海老原正男は派遣アルバイトで、ビル警備の夜間勤務中だった。 警備と言っても23時には全ての階の従業員が退勤し、仕事と言えば清掃業者の受け入れくらいだ。後は寝てたって怒られやしない。 それなのに、今夜に限ってこの仕打ちだ。薄暗い個室に一人。生憎なことに携帯の電波も届かない。外と繋がりは今、ゼロだ。 「なんなんだ、くそったれ!」 腹が立って後ろ

【ショートショート】パスタを巻く

 君は、パスタを巻きながら友達の恋愛話について熱心に語っている— 夜中までドライブに付き合っておいて脈がないなんてことはあり得ない、恋愛感情が全くないならいいとこ日付の変わる前には切り上げて帰るはずだよ、でも逆にトモダチとしてしか見ていないからこそ遅くまで付き合えるってこともあるよね、ふたりにはシアワセになってほしいけど今のままじゃリョータがあんまり可哀そうだよ、あっちなみにリョータって彼のあだ名ね、本名はユウスケっていうらしいよ、なんでそんなあだ名になったんだろうね、本名

ルームミラー(ショートショート)

田植えが終わって間もない田んぼ、夏樹の街を映し出す。路肩の雑草は好き勝手に伸びている。夏樹は片側一車線の県道を真っ直ぐ進む。助手席では妻が手鏡片手に化粧を直している。ルームミラー越しには双子の娘が談笑している姿が見える。何気ない光景だが、幸せが充填されていく。 夏樹の実家に行く時、娘たちは普段よりも楽しそうだ。大好きなお爺ちゃんが大好物のお寿司を用意してくれている事を知っているからだ。大好きが詰められた方向に向かっているのだから、自然と声色も表情も明るくなる。 二人が座っ

浮き彫りバッカスは葡萄を見つめる

初めに異変に気がついたのは、ガラスの大皿が割れたときだったと思う。その厚手の透明ガラスの皿を父方の祖母から譲り受けたのは20年ほど前だが、彼女の嫁入り道具の一つだったのかもしれない。少年の姿のバッカスが手にした葡萄の房を見つめるレリーフが裏面から彫り込まれていて、今同じものを手に入れようとしたら相当な金額になると思われる、手の込んだ作りだった。このような大皿は我が家にはこの一枚しかなく、ずいぶん重宝していたのだ。 ところがある日、真っ二つに割れてしまった。焼きたての丸パンの

【ショートショート】スマートミラー【#夏ピリカ応募】

低い鼻、一重の瞼、メリハリのない身体。容姿へのコンプレックスから、自己肯定感が低かった由香を変えたのはスマートミラーだった。2万円で買った最初のスマートミラーは、アルミ製台座に直径20cmの丸型AIモニターが付いた卓上型。音声認識による鏡像加工機能が搭載されている。 「瞼を二重に」 「鼻を0.5cm高く」 「少しだけ色白に」 鏡像加工を微調整しながら、正面を向いたり、少し横を向いたり、頬を膨らませたり、表情を作った。 (かわいいじゃん 私) 鏡像とのにらめっこで満

「子供の瞳の輝きの由来」#夏ピリカ応募作

 鏡原は太古より鏡が捨てられた土地の名である。捨てられた鏡同士は繋がり、交接し、増殖した。  鏡の製法は大別すると三種類ある。硝酸銀を用いた化学反応により作る現行方式。青銅を研磨して銅鏡とした古代のやり方。生物の瞳と聖水と魔術により作られる錬鏡術と呼ばれる製法は、術師がいなくなったために廃れてしまった。  錬鏡術の失敗作の廃棄場所、それが鏡原の起源である。生物要素が強すぎて人の手に負えなくなった鏡が、映した者を取り込んでしまったり、自ら動き回って子孫を残したりするようにな

鏡さんに聞きたいこと /ショートショート

「鏡よ鏡、鏡さん。私の素敵なところを教えて?」 ママは、今日も夢見心地で鏡さんに話しかける。 いいなぁ。 僕も、おしゃべりしたいなぁ。 ✴︎ “内面をも映し出す鏡。  これがあれば、自己分析はもちろん、他者に見せたい自分のブランディングも思いのまま!” そんな謳い文句で、新商品『鏡さん』は発売された。 原理はこうだ。 まず専門機関を通し、鏡さんに自分の情報を覚えさせる。LINEの送受信歴から、SNSの投稿、ネットの閲覧、通話、写真、卒業文集、カードの明細、GPS情報ま

サフィニア〜咲きたての笑顔【夏ピリカ応募】

「あたし、一日中ね、午前も午後も途中から夕方にまで時間が伸びたじゃないですか?延々と歩かされるのがすごく嫌だった、死にたくなった、何回も」 「家の玄関ね、あっ、実家のね、母の鏡台があったの、薄いベージュ色の枠の大きな鏡だった、資生堂の下に粉が沈む化粧水の匂いがもわっとたちこめるように匂っていて……」 言いかけて怖くなってしまう、あの年の八月の初め頃、暑気あたりなのか怠くて気持ち悪くて朝から何にも食べられなかった。 なんでなん?なんで、行きたくないからの嘘になるん?午前九