【ショートショート】パスタを巻く
君は、パスタを巻きながら友達の恋愛話について熱心に語っている—
夜中までドライブに付き合っておいて脈がないなんてことはあり得ない、恋愛感情が全くないならいいとこ日付の変わる前には切り上げて帰るはずだよ、でも逆にトモダチとしてしか見ていないからこそ遅くまで付き合えるってこともあるよね、ふたりにはシアワセになってほしいけど今のままじゃリョータがあんまり可哀そうだよ、あっちなみにリョータって彼のあだ名ね、本名はユウスケっていうらしいよ、なんでそんなあだ名になったんだろうね、本名ぜんぜんカンケーないじゃんね、どうでもいいけどね、笑えるよね、ちなみに彼女のあだ名も変わっててね、…
僕の目を真っ直ぐに見つめて、もう何周したかわからないパスタを君は永遠にくるくる回し続けている。話がなかなか途切れないから、僕だって目を逸らせるわけにいかない。僕は自分の巻いているパスタがダマになって重みを増していることに気が付いた。今のままじゃあんまり可哀そうなのは、リョータだけでなく僕らのパスタも同じかもしれないと思った。
ブレーカーが落ちたみたいにいきなり君が黙ったものだから、僕は慌ててパスタを口に運んだ。食べられるときに食べておかねば。リョータの悲劇はどうだっていいけれど、目を輝かせてまるでこの世で最高の冗談を披露するかのように楽しく話す君を遮るのは、あまりにも気が引けるから。いま僕の神経は、とにかく君の話を邪魔しないことだけに集中している。沈黙が破られるまで、あと一口。二口。いや、できれば三口、いっときたい。
—鏡って見たことある?鏡に映る自分とか景色とかじゃなくって、鏡そのものを
唐突な質問に面食らって、僕はパスタを巻く手を止めて彼女の瞳を見た。そんな僕のリアクションに彼女は満足したのか、にへっと笑い、得意げに語る。
人が鏡を見るときって、鏡に映る自分とか景色をどうしても見ちゃうんだって、だから鏡そのものを客観的に見ることって出来ないらしーよ、階段の踊り場に置かれた鏡の話って知ってる?降りてくる人が見る角度からだとそれは鏡に見えなくって、向こう側に廊下が続いてるみたいに錯覚しちゃうの、そのせいで鏡にぶつかって怪我した人とかいるんだって、それってさ、もしも人間が鏡そのものを認識できていたらさ、そんなことって起こらないわけじゃん、だから人間は鏡そのものを見ることはできないってゆーね、面白くない?この話
あなたは、いま何を見てるの?さっきからまっすぐあたしの目を見て一生懸命に話きいてくれてるけど、本当に、あたしのこと見てる?あたしの目に映るあなた自身を見てるんじゃないの?あなたの目の前にいるあたしって、本当にあたしだと思う?・・・なんてね
悪戯っぽく君が笑う。僕も、わらった。
永遠にパスタを巻く時間が再びゆっくりと流れ出した。気が付くと君は、どういうわけかいつの間にやら左利きになっていた。
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