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SS 侍と鏡 #夏ピリカ応募用

次男の長左エ門は、姉から鏡を貰う。嫁入り道具は新しく買うので不要と言われた。男がこのような鏡を持っていても仕方が無いのだが大好きな姉からの贈り物だから粗末には出来ない。自室の道具入れにしまう事にする。「では長左エ門、家をよろしくね」病弱な姉は美しいがどこか影のある人で他家に嫁ぐのは無理のように感じる。「姉上も元気で」手を握りながら別れを告げる。嫁げばもう二度と会うことは無いと思うと泣きそうになる、軟弱な自分が愚かに感じる。この家は長男が居るので自分は何をするわけでもない、ただ体を鍛えていつでも刀を抜けるようには鍛錬をする。悪友から賭博や女郎を買いにいかないかと誘われるが興味を持てなかった。自分を鍛える方が楽しい。

俺は居合いが得意だ、相手からすれば刀の軌道を予測できないので脅威になる。どこを狙っているのかを知らせないのが居合いの極意だ。いつものように道場をで稽古をしていると、姉の嫁ぎ先の柿崎八郎が声をかけてくる。「稽古熱心だな」俺は一礼をするとまた稽古に戻る、道場では基本的な筋力を保つための稽古しかしない。柿崎は俺から見れば、印象はよくない。酒癖が悪く酩酊すると暴れる、女癖も悪く芸者と寝た話を吹聴する。「お前の姉上は、よい女だぞ」下卑た笑いで俺を見ている、どのような意図があるか判らないが「姉上はやさしい人です」とだけ告げる。柿崎は挑発に乗らない俺がつまらないのか自分の稽古を始めた。

数ヶ月後に姉上が死んだと聞かされた。病死なのか事故なのかは判らない。説明されないまま墓に入れられた。人がいつ死ぬかは誰にも判らない。姉は天命だったのかとその時は感じた。さみしさはあるがふっきるように稽古をしていた。しばらくすると夜寝るときに、姉上が枕元に居る。俺は姉上が迷ったのかと、起き上がると姉に向かって正座をした。「姉上どうしましたか」幽霊に訪ねるのも変な話だが、怖がっても仕方が無い、理由があるから会いに来たのだろう。姉は道具を入れている小部屋を指さすと消えた。そこには姉から貰った鏡がある。

古道具屋から浪人が使う着物と太刀を買う。そして俺は酒を少しだけ飲む、柿崎が通っている遊女の店の前で酔ったふりをしていた。何日かすると柿崎が現れる、夜の道でお互いがすれ違う直前で居合いで腕を切り落とした。俺はすぐに走って逃げた、顔を見られたかは判らない。柿崎は数ヶ月は寝込むと、命はとりとめた。酔った柿崎は暴漢に切られたと噂された。

姉上から貰った鏡は『夜魔鏡』という神代からの鏡だ。姉は実家に残したいと考えたのか。俺が鏡で見たものは、姉を太刀で突き刺した酔った柿崎の姿だ。殺した理由は判らない。俺は罰を与えたかった。『夜魔鏡』を母に見せて由来を聞くと、元は地獄の閻魔の前にある鏡の破片だと言うが真偽は判らない。その鏡は人の罪を映して罰を決める。鏡は寺にあずけた。姉とは会うのは一度きりだった。

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