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鏡の私は電子チワワを拾う

 鏡の中の私が犬を拾ってきた。
 デジタルデータでも捨て犬になることがあるらしい。
 窓のように大きな鏡の中で鏡の私はチワワを抱っこしている。

「データが初期化されて帰る家がないみたいなの」
 と鏡の私は言う。

 現実の私は怪訝な顔をした。

「変なデータとかじゃないの?」
「ウイルスチェックは異常なしだった」

 鏡の私は私と全く同じ怪訝な顔をしていた。
 同じ服を着てメイクも表情も同じ。だって鏡だから。
 だけど身体の動きだけは現実の私から切り離されて、鏡の中の私は彼女の意思でチワワを抱いている。

「それで、飼うつもりなの?」
「美夏も飼いたいかなって思って。だって……」
「あなたは私の『鏡写し』だから」

 鏡の私――夏美はその言葉に頷いた。
 頷く動作も彼女の仕草だ。
 それでいながら表情は私をトレースした困り顔で、ちぐはぐだった。

 時代が進めば鏡もアップデートする。
 今や鏡の向こうはリアルとデジタルの融合した世界になっている。
 鏡の中に仕込まれたモニターが現実の世界に仮想世界を重ねる仕掛けだ。
 そして利用者の人格を学習し模倣する『鏡写し』が鏡の中の世界にて活動している。

「電子ペットは餌代とかいらないし飼ってもいいけど……。でも夏美」

 私が鏡写しの本分を言い聞かせようとすると、

「SNSで美夏が興味ありそうなトピックは三件投稿されてたよ」
 と夏美は口早に報告をした。
 鏡写しなだけあって私が言うことも推測できる。

「見せて」

 鏡の端にSNSの投稿が表示される。さっと目を通して、いいねボタンを押す。
 次に近所のスーパーの特売情報が出てくる。
 そして今日のニュースから私の好きな俳優さんのドラマ出演が決まったことを知る。

 あらゆる情報を本人の代わりに鏡写しが処理し、選別してくれる。
 漫然とスマホを見がちな私たち人間が時間を無駄にしないためのAIなのだ。

「それともう一つ重要なトピック」
 と夏美は通販サイトを表示した。

「ベッドにもなる電子ペットのおもちゃ、子豚さんクッション。税込み三千円」
「仮想現実のペットにおもちゃもベッドも必要なくない?」
「でもあったら可愛い姿が見られると思うんだよ~。お願いっ」

 仕方なく買ってやる。
 すると鏡の中にチワワより一回り大きい子豚がぽてっと落ちてきた。
 チワワはそのクッションに大喜びして飛びつく。
 鏡の中の夏美もすごく楽しそうな笑みを浮かべてチワワと一緒にクッションを引っ張っている。
 彼女に振り回される私の気苦労なんて知らないみたいな顔だった。

 鏡写しなんて名前のくせに全然性格が似ていない。
 所詮、機械に人の心はわからないのだ。

「夏美ってよく笑うよね」
 と私は皮肉を言った。

 すると彼女は眩しい笑顔のまま言い返してくる。

「なに言ってるの。これ私じゃなくて美夏の表情だよ。だって私は鏡なんだから」

 鏡の向こうからの指摘に、そういえばそうだっけ、と私は目を丸くする。
そして夏美も。

(1200文字)


こちらへの応募作品です。

今回、お題を決めるにあたり運営チームの方々は創作の範囲が狭まらないようにと配慮してくださったそうです。

とてもありがたいことと思います。

だけども書く人間の努力だって創作の範囲を広くするはず!
なので今までの自分だったらこのテーマ+文字数ではやらなかったであろう物語・設定で書いてみました。

鏡ってテーマが難しいと思われている方も、いっそ思い切って体当たりしてみたら面白い物語の破片が生まれるかもしれませんよ……!!