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短編小説 | 水鏡

 かつて、水にうつった自分の姿を見て、惚れてしまったナルシスという人物がいたという。
「おお、なんて美しいのだ。わたしはあなたのことを愛してしまいました」
そして、そのまま、水の中に入っていって死んでしまったという。

「それって神話だろ。そんな奴は実際にはいないだろう」
「いや、それがそうでもないらしいんだよ。とある統計によれば、少なくても今までに158人が、ナルシスと同じ死に方をしたらしいぜ。ぼくの知っている秘密の蓮池で」
「とある統計ってどこの統計だよ?だいたい、その蓮池ってどこにあるんだよ」
「えっ?『ぼく調べ』だけど…でもぼくはこの目で、蓮池に入っていったまま帰って来なかった人を、何人も目撃しているんだ」
「な~んだ、やっぱりそうか。君の妄想の話か。そんなことあるわけないじゃないか?」
「妄想じゃないよ、この目でハッキリと見たんだって。じゃあ、君も試してみるかい?ぼくの後についてくる勇気はあるかい?」

 わたしはこの友人の言った言葉をまったく信じていなかったが、なんとなく不気味な感じがした。本当に、158人もの人が亡くなった蓮池なんてあるのだろうか?
「今からぼくの後ろをついてきてくれ」
「えっ、今から行くのかい?」
「本当は怖いんだろ?」
「怖いわけないだろ?ただ、今は時間がないんだ」
「あれ、今日は暇なんじゃなかったっけ?」
「僕は暇なんて君に言ったかい?」
「もういいよ。君が臆病者だということは、良くわかったから」

 わたしは友人とそのまま別れて家路についた。


 その夜、わたしは不思議な夢を見た。どこかの山奥を一人で歩いている。ぶどう畑を抜けて、山道を進んで行ったら、ハスの池が見えてきた。
「ああ、これがさっき、あいつが言っていた池か?」と思わず独り言を口走った。
 と、その時である。その蓮池で、いま別れたばかりの友人と出会った。
「ああ、やっぱり忙しいなんて嘘だったんだね。ぼくを尾行してきたんだね」
「そんなはずないだろう?だって、これは僕の夢の中じゃないか」

 友人は黙ったまま、視線を蓮池のほうへ向けた。友人がわたしの心臓をナイフで突き刺した姿が、蓮池の水面に、鏡のようにハッキリとうつっていた。次の瞬間、わたしの心臓から、大量の血が流れ出した。そして、友人はわたしを蓮池へ突き落とした。わたしは蓮池の奥底から友人を見上げた。

「ああ、これが死というものか!」

「ははは、これで159人になった」

友人の嘲笑う声が、蓮池の底という異国にいるわたしにも、はっきりと聞こえた。


(1049文字)

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