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夏ピリカグランプリ応募作品(全138作品)

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2022年・夏ピリカグランプリ応募作品マガジンです。 (募集締め切りましたので、作品順序をマガジン収録順へと変更いたしました)
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#創作

星とハンス|#夏ピリカグランプリ

ハンスはときどき、夜中に家を抜けて草原に行き、寝っ転がって星をながめるのが好きだった。 両親はハンスが幼い頃に亡くなっていた。祖父母に育てられたが、その祖父母も亡くなって数年経つ。だから、夜中に家を出て、草原で夜明かししても誰にも怒られない。「今日は冷えるな。」と、自分で自分の体のことを注意するくらいだ。 「今夜も星がきれいだ。」 昼間、大工の親方に「お前は何でそんなに不器用なんだ。」と叱られたり、「彼女はまだかい?」とパン屋のおばさんに聞かれたり、ムシャクシャしたこと

鏡のその後の話。【夏ピリカ】

あるお城にそれはそれは立派な映し鏡がありました。女王の死後、シンデレラが城に住むことになっても、鏡はそのまま城で暮らしていました。 それから数十年後、今度はシンデレラではなく別の女性を世界で一番美しいと言ったため、鏡は国外追放されることに。 旅に出た鏡は、とある山間にある小さな村にたどり着きました。ここでは、鏡なんて高価なものは誰一人使っていません。すっかり薄汚れた鏡は馬車から放り投げられました。 村に住んでいる娘・エレーナが水を汲みに川へ向かうと、途中で布に覆われた荷

【ショートショート】パスタを巻く

 君は、パスタを巻きながら友達の恋愛話について熱心に語っている— 夜中までドライブに付き合っておいて脈がないなんてことはあり得ない、恋愛感情が全くないならいいとこ日付の変わる前には切り上げて帰るはずだよ、でも逆にトモダチとしてしか見ていないからこそ遅くまで付き合えるってこともあるよね、ふたりにはシアワセになってほしいけど今のままじゃリョータがあんまり可哀そうだよ、あっちなみにリョータって彼のあだ名ね、本名はユウスケっていうらしいよ、なんでそんなあだ名になったんだろうね、本名

ルームミラー(ショートショート)

田植えが終わって間もない田んぼ、夏樹の街を映し出す。路肩の雑草は好き勝手に伸びている。夏樹は片側一車線の県道を真っ直ぐ進む。助手席では妻が手鏡片手に化粧を直している。ルームミラー越しには双子の娘が談笑している姿が見える。何気ない光景だが、幸せが充填されていく。 夏樹の実家に行く時、娘たちは普段よりも楽しそうだ。大好きなお爺ちゃんが大好物のお寿司を用意してくれている事を知っているからだ。大好きが詰められた方向に向かっているのだから、自然と声色も表情も明るくなる。 二人が座っ

廃屋の鏡(夏ピリカ応募作)

昔は立派な邸宅であった事が、容易に想像できるその廃屋は、流れゆく時の中を漂う。かつての面影は敷地面積の広さからも思いを馳せる事が出来る。 今はただ、危険を伝える看板と厳重な金網等に囲れた孤独な佇まい。 100年も前の建物と思われるこの廃屋は、富豪の城。そう呼ばれていた、華やかで美しく優雅な邸宅であった過去を覚えているのだろうか。 この廃屋には、嘘か誠か一つの不思議が伝わっている。 大勢の召使いに傅かれて住んでいたのは三人の娘と、その両親。 三人の娘、皆美しく人目を引い

嘘つき鏡【#夏ピリカグランプリ】

蝉しぐれが焼けた肌にジリジリと突き刺さるような夏の日。 お盆を控えた私達はお墓参りのついでに、家主を失った田舎の祖母の家まで来ていた。 半年前、祖母が亡くなった。 祖母の葬儀の後、祖母が一人暮らしていた家を誰が処分するのかということを、親族間で揉めに揉め、半年間放置されていたのだが、とうとううちが引き取ることになり、現在に至る。 家主がいなくなった家は老朽化が早まると聞いていたが、かなりの荒れ果てようで、滴る汗を拭いながら、祖母の遺品や形見分けだけをおこなう。 特殊清

わたしのせかい #ショートショート(1195字)

学校はキライ。あの子が意地悪するから。 ママもキライ。いつも怒るから。 だから、私は鏡をのぞくの。 鏡は面白い。私のいる世界と同じ世界がうつっているはずなのに、全然別の世界にいるみたい。 鏡を上に向けてのぞくと、ほら。 天井を歩いているみたいでしょ? 今、天井にあるライトをまたいだよ! ドアも、窓も、キッキンも、さかさま! 階段は?そういえば行った事ない! 「……ひかり、あぶない!」 後ろからママの声が聞こえた。私はびっくりして──。 急に世界が真っ暗になった。

太陽と月のエチュード|夏ピリカグランプリ応募作|

『ハルのピアノが大好きよ。私はいつだってあなたの一番のファンなんだから』 鏡の中でハルに顔を寄せ、お母さんは笑った。肩を抱いてくれた手のひらが、じんわりと温かかった。 念願の音楽大学に合格した日、お母さんは飲酒運転の車にはねられて死んだ。 鏡に映った自分の泣き顔を、ハルは力任せに叩き割った。 以来、ハルのピアノから感情が消えた。 音大生となったハルは、機械になったようにピアノを弾いた。無表情で次々と難曲を弾きこなす姿は、他の学生たちを遠ざけた。 試験が迫った日

鏡さんに聞きたいこと /ショートショート

「鏡よ鏡、鏡さん。私の素敵なところを教えて?」 ママは、今日も夢見心地で鏡さんに話しかける。 いいなぁ。 僕も、おしゃべりしたいなぁ。 ✴︎ “内面をも映し出す鏡。 これがあれば、自己分析はもちろん、他者に見せたい自分のブランディングも思いのまま!” そんな謳い文句で、新商品『鏡さん』は発売された。 原理はこうだ。 まず専門機関を通し、鏡さんに自分の情報を覚えさせる。LINEの送受信歴から、SNSの投稿、ネットの閲覧、通話、写真、卒業文集、カードの明細、GPS情報ま

旅立ち(夏ピリカ応募)

それまで暗かった部屋にぼんやりと光が差し込んでくる。通路に灯りがともされたようだ。やがて遠くからガヤガヤと声が聞こえてくる。 「みなさん、これから外の世界に出てお役目を果たす時が来ましたよ」 突然、女性の声で語りかけられた。辺りを見回すと誰もいない。でも声だけがはっきりと聞こえる。 「外の世界に出るといろいろな出来事を体験をします。美しい世界もあるでしょうし、目をそむけたくなるような世界もあるでしょう」 そんなことを言われても、早くここから出て外の世界を見たい、と意気

サフィニア〜咲きたての笑顔【夏ピリカ応募】

「あたし、一日中ね、午前も午後も途中から夕方にまで時間が伸びたじゃないですか?延々と歩かされるのがすごく嫌だった、死にたくなった、何回も」 「家の玄関ね、あっ、実家のね、母の鏡台があったの、薄いベージュ色の枠の大きな鏡だった、資生堂の下に粉が沈む化粧水の匂いがもわっとたちこめるように匂っていて……」 言いかけて怖くなってしまう、あの年の八月の初め頃、暑気あたりなのか怠くて気持ち悪くて朝から何にも食べられなかった。 なんでなん?なんで、行きたくないからの嘘になるん?午前九

【創作】月とワガママプリンセス

昔々、ある国に美しいお姫様がいました 誰もが見とれてしまうほど美しいお姫様でしたが、お城の家来達、国の住人達は皆、お姫様が大嫌いでした お姫様はとてもワガママだったのです ある夏の日には「雪が見たい」と言い出しました 家来達は大慌てで国中の氷をかき集め粉々にしてお城の上から降らせました またある冬の日には「桜が見たい」と言い出しました 住民達は大慌てで細かく切った紙を桃色に染め枯れ木に貼り付けて偽の桜の木を作りお城に植えました お姫様のワガママに皆うんざりしていました

【小説】今だけのシャッターチャンス(#夏ピリカ応募)

「ガソリン入れといてって言ったじゃん」  後部座席の倫太郎とルームミラー越しに目が合ったので、思わず言ってしまった。  黙っておこうと思ってたのに。  彼は悪びれず言う。 「すっかり忘れてたよ。ごめん」  1ヶ月ぶりのデート。  久しぶりの遠出は、私の運転。  倫太郎も免許を持っているが、通勤以外では運転しない。疲れているから休ませてくれと、後部座席で寝ていることもある。  同棲を始め、今後のためにと思い切って買った車なのに、最近はずっとこんな感じだ。  今日もそうだった

マイナンバーミラー【掌編小説】

僕らに与えられた鏡の破片。 それは、長い時間をかけて川底で円磨された小石のように、歴史とアイデンティティを感じさせる。 円形や角がとれた多角形など同じものは一つとしてなく、ジグソーパズルのピースのように、それぞれ役割と繋がりをもつ。 鏡の破片(通称マイミラー)は、出生の届出と引き換えに交付されるのだが、実際には、ICチップ内蔵のマイナンバーミラーカードに情報が書き込まれ、現物は日本銀行の貸金庫に収納する。引き出しは自由だが、紛失や破損をしても再発行はできない。 マイナ