廃屋の鏡(夏ピリカ応募作)
昔は立派な邸宅であった事が、容易に想像できるその廃屋は、流れゆく時の中を漂う。かつての面影は敷地面積の広さからも思いを馳せる事が出来る。
今はただ、危険を伝える看板と厳重な金網等に囲れた孤独な佇まい。
100年も前の建物と思われるこの廃屋は、富豪の城。そう呼ばれていた、華やかで美しく優雅な邸宅であった過去を覚えているのだろうか。
この廃屋には、嘘か誠か一つの不思議が伝わっている。
大勢の召使いに傅かれて住んでいたのは三人の娘と、その両親。
三人の娘、皆美しく人目を引いた。
この姉妹は仲良く暮らしていたが、それは表向きの事だった。
お互い三人の中で一番美しいのは自分だと思っていたが、それでも他の二人を疎ましく思っていた。
できれば、いなくなって欲しいとも。
ある日、三人の娘達は暇を出される事となった老執事からこんな話しを聞いた。
「お嬢様方、西の塔にはどんな事があっても入ってはなりませんぞ」
「じい、どうしてなの?」
「あそこには、鏡があるのですが、美しいものしか映らない不思議な鏡だと聞いています。悪魔か魔法使いが置いて行ったという、曰く付きの鏡。
ただ、今ではこの邸の守り神となっているそうです。しかし、何が起こっても不思議は無いのです。お嬢様方、触らぬ神に祟り無しですぞ」
そう言い残し、執事は去った。
「なんだ、わざわざ鏡に映さなくても私は美しい。関係無い」三人はそれぞれに思った。
しかし、そうは思ったものの気になる。
知ったからには確かめたい。
三人はその足で西の塔に向かう。
塔の入り口の扉の鍵は解錠されていた。
塔にある部屋に行くためには、長い螺旋階段を上がって行くしか無い。
最近、誰かが訪れたのか、階段の掃除は行き届いているが、その事に気づく娘はいない。
螺旋階段が終わると、扉が現れた。
ドアも施錠がされていない。
流石に三姉妹はドアを開けるのを躊躇した。塔の入り口も、このドアも容易に入れるように誘導されている気がしたのだ。
しかし、ここまで来て引き返すという選択肢は無い。
ゆっくりとドアを開けた。
あったのは広いだけの部屋。白い布が掛けられた物が部屋の中央に置かれている。
それは大きな姿見鏡である事に間違いない。
娘達は白い布を取り払う。
三人が見たのは、自分以外の二人の娘の姿。自分はそこにはいない。
三人は恐怖を抱えたまま、逃げるように塔を後にした。
その日から、三人は人が変わったように慎み深い生活を心がけ、また、弱い者達の為に力を尽くしたと聞く。
魔法の鏡の気まぐれか。
それとも…
そして今、西の塔の跡に、鏡の破片はあるのだろうか。いや、鏡は今もどこかで、誰かを待っているような気もするが。
廃屋は秘して、何も語りはしない。
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初めて応募させて頂きます。
どうぞよろしくお願いいたします。