旅立ち(夏ピリカ応募)
それまで暗かった部屋にぼんやりと光が差し込んでくる。通路に灯りがともされたようだ。やがて遠くからガヤガヤと声が聞こえてくる。
「みなさん、これから外の世界に出てお役目を果たす時が来ましたよ」
突然、女性の声で語りかけられた。辺りを見回すと誰もいない。でも声だけがはっきりと聞こえる。
「外の世界に出るといろいろな出来事を体験をします。美しい世界もあるでしょうし、目をそむけたくなるような世界もあるでしょう」
そんなことを言われても、早くここから出て外の世界を見たい、と意気込みばかりが強くなる。この時をいったいどれだけ待ったことか。
「みなさんは、例えどんな世界でも正しく再現するように造られています」
女性の声はためらいがちに言葉を続ける。
「ただ、みなさんの体はもろく崩れやすいの。ちょっとしたことで壊れてしまう。それでも最後までお役目を続けなければいけないのです」
突然部屋の扉が開かれ、数人の男達が部屋に入って来た。女性の声はそこで途絶えてしまう。
「おい、運びだすぞ」
男達に抱えられ、次々と運び出される仲間たち。やがて自分の番になると柔らかいものでくるまれた後、二人の男に抱えられ静かに運び出されていく。
「オーライ、オーライ」
外に出たのだろうか、空気が違って感じられる。活気あふれる声が聞こえ、男達が忙しく働いているようだ。
「しっかり固定しろよ」
何かの上に静かに置かれ、そのままロープでぐいぐいと縛られる。あっという間に身動き出来なくなってしまった。
「これで大丈夫だな」
少しでも緩みがないか確認するように揺さぶられるがびくともしない。
バタンと扉が閉められ、やがてエンジン音と共にゆっくりと動き始めた。
「我が子たちよ、いってらっしゃい」
再び先ほどの女性の声が聞こえたような気がする。
その声に送り出されるように仲間たちが運びだされて行く。仲間たちの歓声が聞こえる中、自分が乗せられた車も外の世界へと走り出す。
車の後ろには「note鏡製造株式会社」と書かれていた。
825文字
夏ピリカ応募、6/30までです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?