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嘘つき鏡【#夏ピリカグランプリ】

蝉しぐれが焼けた肌にジリジリと突き刺さるような夏の日。
お盆を控えた私達はお墓参りのついでに、家主を失った田舎の祖母の家まで来ていた。


半年前、祖母が亡くなった。

祖母の葬儀の後、祖母が一人暮らしていた家を誰が処分するのかということを、親族間で揉めに揉め、半年間放置されていたのだが、とうとううちが引き取ることになり、現在に至る。


家主がいなくなった家は老朽化が早まると聞いていたが、かなりの荒れ果てようで、滴る汗を拭いながら、祖母の遺品や形見分けだけをおこなう。

特殊清掃と解体業者に引き渡して、あとは土地を売るだけ。
そう思うと、なんだか少し寂しく感じる。


古くなった家屋を見つめ、幼い日に祖母と過ごした日々のことを思い出していた。




倉庫を掃除していると、薄く曇っているものの、なにかがキラキラと視界に写り込んでくるのが見えた。

近づいてそれを手に取り、埃を払ってみるとそれは、小さな手鏡だった。


これは、私が祖母に渡したもの。


この鏡は、嘘つき鏡と呼んでいたものだ。
物語の童話に出てくる魔法の鏡とは違い、反対のことを言うひねくれた鏡だった。


幼い頃、倉庫でこの鏡を見つけた私は、年頃というのもあって常にその鏡を身に着けていた。

ある日、その鏡に向かって「あ〜、斉藤くんが私のことを好きだったらいいのになぁ〜」とぼやくと、その鏡がぼんやりと光を放ち、男性でも女性でもない不思議な声で「斉藤くんは、あなたのことを愛しています」と返してきた。


びっくりしすぎて、持っていた鏡を投げ捨ててしまいそうになるが、ふとあの童話を思い出す。
これは、魔法の鏡なのかも?と。

しかし後日、斉藤くんに思いを伝えるも、見当違いで振られてしまった。


たまたまかと思い、別の日には「テストで最高点取れるかな〜?」と鏡にたずねてみると、「今度のテストの点は、これまで以上の成果が現れるでしょう」と不思議な声で答えてくる。

ところが、やはりテストの点が良いはずもなく、返ってきたテストは赤点で追試まで受けるはめになった。


問いかけると答えてくる鏡がだんだん気味が悪くなってきたので、祖母に鏡を手渡したのだった。

祖母は私の姿を見ながら、何やら含みをもたせた目で私を見ていたことを覚えている。




手元の薄汚れた手鏡を見つめ直す。
祖母は、もう必要ないと思ったから倉庫に戻したのだろう。

なんだか懐かしくなったので、鏡に問いかけることにした。


「おばあちゃんはもういない?」


薄汚れた鏡がかすかに光を放ち、間髪入れずに、鏡は答える。

「もう、この世におばあさまはいらっしゃいません」


その言葉を聞いて、はっとなる。

おばあちゃんはいるんだ。
いつでも、私を見守ってくれている。


そう思うと、この鏡もどこか愛おしく思えてきたのだった。




文字数:1121文字

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