見出し画像

鏡のその後の話。【夏ピリカ】

あるお城にそれはそれは立派な映し鏡がありました。女王の死後、シンデレラが城に住むことになっても、鏡はそのまま城で暮らしていました。


それから数十年後、今度はシンデレラではなく別の女性を世界で一番美しいと言ったため、鏡は国外追放されることに。

旅に出た鏡は、とある山間にある小さな村にたどり着きました。ここでは、鏡なんて高価なものは誰一人使っていません。すっかり薄汚れた鏡は馬車から放り投げられました。


村に住んでいる娘・エレーナが水を汲みに川へ向かうと、途中で布に覆われた荷物を見つけました。おそるおそる開けてみると、薄汚れた大きな板が一枚入っています。

娘が持ち帰って磨くと、ピカピカに綺麗になった写し鏡が現れました。そこに映る素朴な顔の女性が自分なのだとようやく理解できたとき、鏡が話しかけてきました。


「綺麗にしてくれてありがとう。私は世界の真実を映し知る者。お礼にどんなことにでも答えてあげよう」

「本当に?本当に真実を知ってるの?」

興味津々なエレーナに、鏡はその村の様子を映してあげました。狩りに出る若者、道具を研ぐ老人、洗濯や髪をすく女性の姿もあります。すべて村人の今の行動です。

「私はすべてを自身に映すことができ、知ることができるのだ。娘よ、何を知りたい?望むのなら大金の在りかさえ映すこともできる」


「では、質の良い薬草の生えている場所を教えて頂けますか」

鏡は得意そうにその方角と距離を示した。果たしてそこにはたしかに高価な薬草が多く生息しており、エレーナは喜んで村中に触れ回った。

「娘よ、いいのか?おぬしが一人占めすればひと財産にもなるほどの量だ。渡してしまえば価値が下がる」

と聞くと、

「いいのです。皆が持てばそれだけ村からケガや病が減ります。だれかが苦しむよりずっといい」


鏡は驚きました。
それまで、自らを顧みず他人のために力を尽くす人間に出会ったことがなかったのです。

鏡の住んでいたお城では、お金や美に執着する人間だらけでした。彼らは自分が一番でなければ気が済まず、いつも争ってばかり。あのシンデレラさえ、自分が1番ではないとわかると私を追放したのだから。


それからも鏡は娘に問いかけ、その度にエレーナは肥沃な土地や育てやすい種、また頑丈な家造りに適した材料などを手に入れ、村をどんどん豊かにしていきます。


「鏡さん、ありがとう」

磨きながら満面の笑みを向けてくれるエレーナに、鏡は言葉に詰まってしまいました。


映すのはいつも心の醜い人間ばかり。こんな世界、本当は嫌で嫌で仕方なかった。いっそ朽ち果ててしまいたかった。なのに。

ーこの世で一番美しいのは…。

そういおうとしたとき、鏡がむくむくと大きくなり、人間の姿に変わりました。実は鏡は、千里眼を持つことで女王に捕らえられ、記憶を消された人間だったのです。

真の美しさを知った鏡は、エレーナとその村で慎ましく暮らしたのでした。





1185字



🔻こちらの企画に参加しています(6月30日まで)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?