鰹のタタキ

アットホーム考

ーオレとアチキの西方漫遊記(18)

「アットホーム」という謳い文句を掲げる宿が少なくないが、これがどうにも気に入らない。そもそもアットホームだと感じる尺度は人によってそれぞれ。だから、それを無視して宿側が勝手に定義して訴求するのはあまりにぞんざいと言える。「仁淀ブルー」を満喫するため、2泊した老舗民宿。アットホームという意味で言えば、ここはわが夫婦にとって、"どストライク"だった。そして、だからこそ得られた個人的な教訓もある。翌日は桂浜(高知県高知市)に向けて発つ。実に名残惜しい。

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祖母と孫

かわいいおばあちゃん_003

「おかえりなさい。何事もなかったですか」ー。宿に戻ったことを告げると、奥から85歳になる女将さんが出てきて、柔和な表情で迎えてくれた。玄関に土間がある古き良き時代の造りはもちろん、この家族のようなやり取りが良い。幼い頃、祖父母の家を訪れたときのことを思い起こさせる。

奥さんも同じ感覚だったのか、遠慮することなく「にこ淵と安居渓谷にある水晶淵を周って、水晶淵では泳いできたんですよ」と、堰を切ったように話し出す。その内容を聞き、思わず苦笑い気味の女将さん。こうした様子はすっかり祖母と孫のようだ。安穏な感じが良い。

経験豊富で話のネタに事欠かないはずの女将さんだが、聞き役に徹し、奥さんから言葉をどんどん引き出す。この辺りは、さすがにやり手だ。宿泊客が自分から話したくなる宿こそ、アットホームと呼ぶにふさわしい。ただ、年齢に関係なく「女の話は長い」。だが話の腰を折るわけにもいかない:

アットホームを享受するにはそれなりの覚悟が必要だ。

ハヤトウリ

最後の晩餐

宿泊2日目となる夜。これが最後の夕食だ。前日に続き、女将さんに急かされて風呂に入った後、テーブルに着くと、昨晩に負けず劣らずの料理が目の前に並ぶ。鰹のタタキ、うなぎの白焼き、ハヤトウリ(隼人瓜)の炒め物など。すべて地産の新鮮食材だ。当然、味は言うまでもない。

女将さんによると、連泊する人はそれほど多くないらしい。そのため、2日目の献立づくりには、前日の料理と重ならないよう、仕入れに頭を悩ましたそうだ。使う分以上の食材を仕入れると採算割れしてしまう小さな民宿の財政事情は厳しい。その中で、懸命に知恵を絞ってくれたらしい。

女将さんが考えた上で導き出した結論はハヤトウリだ。「東京ではなかなか食べられないでしょう」と得意顔。地元ではスーパーに必ず置いてある安価な食材だが、東京のスーパーではなかなかお目にかからないはずだという。奥さんに確認したところ、確かに女将さんの言葉に嘘はない。

ハヤトウリ

ハヤトウリに興味を持った奥さん。女将さんに相次いで質問を飛ばす。女将さんも調子づいて、わざわざ調理場からハヤトウリを持ってきてうんちくを傾ける。祖母に孫が教えを乞うているようで、実に和やかな雰囲気。それは良いのだが、なかなか話が途切れず、あまりに長い:

アットホームを享受するにはそれなりの覚悟が必要だ。

覚悟

宿の関係者との距離感が近く、和やかな雰囲気の中、話が弾んで長引くことは、それほど多くないだろう。そもそも少し離れたフロント越しに「おかえりなさい」「いってらっしゃい」と言われても、行き届いた社員教育を感じるだけで、そこまで親近感は湧かない。

ましてや会話が弾むとなると、さらにハードルが高くなる。宿の関係者に、相手を惹きつけるだけの経験と知識、話し方などが求められるためだ。この宿の女将さんはそれをあっさりクリアした。きっと奥さんもそう感じているだろう。そして、こうした人との出会いが生んだ長話:

必要なのは咎めることではない。長話に耐える覚悟だ。

(写真〈上から順に〉:地産の新鮮食材を使った絶品料理。新鮮な鰹のタタキ=りす、出迎えてくれた85歳の女将さん〈イメージ〉=イラストAC、宿泊2日目の夕食=りす、ハヤトウリを持ってきて熱弁する女将さん=奥さん)

関連リンク(前回の話):

「オレとアチキの西方漫遊記」シリーズ:


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