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いつかの日記(19) (夢、セイウチ・トド、苦い食べ物)

日記のようなもの、つづき。 -------------------------- いまの心配事が何と何と何で、それらを自分がまるっと何のせいにしたいのかが明らさまにわかるような夢を見て、萎えた。が、心配ばかりしてないでそろそろ心身を動かさないといかん、という気にもなって、のろのろと起き上がり、しっかり目の朝食をとる。トーストにはバターを塊で載せちゃう。バターはしっかり溶かして満遍なく塗るよりも、でこぼことむらができるように、いびつな塊を散らして載せるのが好きだ。カロリーで

    • いつかの日記(18)  (南瓜と塊肉)

      日記のようなもの、つづき。 -------------------------- 夏は南瓜が食べたくなる。南瓜を食べると、バテないために必要な養分を補給できた気がして安心するので、つい買ってしまう。頭の中に何か栄養学的な根拠があってそう思うわけではなく、しばらく研いでない包丁を古いシーソーのようにガタガタ押し込んでようやくぱっかり割れる皮とか、そうして現れた断面の、太陽を吸い込んだみたいなオレンジ寄りの黄色とか、煮物にしたとき口の中の湿地をくまなく奪っていく粘り気とか、炒

      • いつかの日記(17) (色々な手違い、カーソン・マッカラーズ『マッカラーズ短篇集』)

        日記のようなもの、つづき。 -------------------------- 調味料棚に同じメーカーの同じデザインの「ブラックペッパー」と「シナモンパウダー」の缶を並べていて、いつか絶対に間違えるナーと思っていたけど、とうとうやった。いつか絶対に間違えるナーと思っていたので驚きはない。がっつりシナモンがまぶされた野菜炒め、なんとなくトロピカルな、緯度が低そうな風味がして「なし」ではない気がしたが、「なし」ではないなら「あり」であるとも言えないのがこの世の悩ましいところ

        • いつかの日記(16) (花と絵画)

          日記のようなもの、つづき。 -------------------------- 最近、部屋に花を飾るようになった。20年近く一人暮らしをしていて、ほぼ初めてだと思う。 きっかけは、絵を飾ったことだ。絵画をプレゼントしてもらい、賃貸マンションの小さな部屋のどこにどう飾るか、数ヶ月悩んで(途中あきらめかけてちょっと放置した…)、なんとか定位置が決まった。そうしたら、その下に花も飾りたくなった。 -------------------------- 花を迎え入れると、部屋

        いつかの日記(19) (夢、セイウチ・トド、苦い食べ物)

        • いつかの日記(18)  (南瓜と塊肉)

        • いつかの日記(17) (色々な手違い、カーソン・マッカラーズ『マッカラーズ短篇集』)

        • いつかの日記(16) (花と絵画)

          いつかの日記(15) (通過する日々、ゲーリー・スナイダー詩集)

          日記のようなもの、つづき。 -------------------------- ファイル名に2024と打ち込みながら、もう24年か〜、もうそのうち年度末じゃーん、とつい思う。 月末とか月初とか期末とか期首とか、われわれ会社員の世界は見えない線を引き、守ったり跨いだりすることに年がら年中皆の膨大なエネルギーを注いで成り立っている。時間を区切り、かつその一つ一つの区間をブロックのように積み上げ、積み上げるごとにあらゆることは良くなる(する)という暗黙のルールがそこにはあるが

          いつかの日記(15) (通過する日々、ゲーリー・スナイダー詩集)

          いつかの日記(14)  (赤ん坊と犬)

          日記のようなもの、つづき。 -------------------------- 寝違えたのかなんなのか、数日前から首が痛い…。ずっと痛いわけではなく何かの拍子でイテッとなるが、その拍子がつかめないので怯えながら過ごしている。 -------------------------- この間読んだ斎藤真理子『本の栞にぶら下がる』で取り上げていたので、久しぶりに高野文子の『黄色い本』を読むか…と一瞬思ったけど、やめた。 あまりに好きな作品は、読むとその後しばらく打ちのめされ

          いつかの日記(14)  (赤ん坊と犬)

          いつかの日記(13) (斎藤真理子『本の栞にぶら下がる』)

          日記のようなもの、つづき。 -------------------------- 斎藤真理子『本の栞にぶら下がる』を読んだ。本や読むこと、言葉そのものに対する愛着と客観性に支えられた読書エッセイ。 著者が本の読み方について使う、オノマトペの豊かさが面白かった。田辺聖子の大量の著作を「どしどし」読んで、その中の気に入ったものを「ごしごし」読んだ、とか。森村桂の本は、中学生の自分にも「するする、ぴゅーっと」読めた、とか。 あったなぁ子供の頃、そういう本。本をちゃんと味あわなけ

          いつかの日記(13) (斎藤真理子『本の栞にぶら下がる』)

          いつかの日記(12)

          日記のようなもの、つづき。 ------------------------- 数年振りにピアノに触る。久しぶりだろうと下手くそだろうと、どこか押せばそれだけできれいな音が出るから本当にいい楽器だなと思う。 ピアノ、子供の時に友達のお母さんから習って、学生の時に軽音楽サークルで鍵盤をやって、それ以降はごくたまに思い出した時に触るくらい。昔から練習が嫌いで、全然上手くならない。それでもぼーっと同じ曲を繰り返して弾けば、最初よりは後の方が指が動く。「繰り返し」の効力はいつも私

          いつかの日記(12)

          いつかの日記(11) (食パン、着メロ、SF)

          日記のようなもの、つづき。 ------------------------- 食パンが好きである。ニンゲンのほとんどは水らしいが私の3分の1は「超熟6枚切」でできていると言いたい(一日三食のうちの最初の一食が必ずそれなのだから)。整然と切り揃えられたふかふかの断面、口の中でほどよくもたつく厚みと柔らかさ。全てがちょうどいい。焼いてもそのままでもうまい。あれは幸せの断面なのではなく、断面という幸せなのですよ。 ------------------------- アマプ

          いつかの日記(11) (食パン、着メロ、SF)

          いつかの日記(10) (『燃ゆる女の肖像』など)

          -------------------------- 配信で映画『燃ゆる女の肖像』を見た。 恋とは見つめることであり、見つめることは必ず相手を侵襲する。恋人たちは互いの眼差しに傷付けられながらも、それを求め合う。眼差しが交差する一瞬だけが永遠であることをわかっているからだ。 未完成の、顔のない肖像画。前を行く者が「振り返る」ことの意味を、語り合う女たち。出会いと別れの場面における、追いかける者と振り返る者の美しい対称性。全編を通して念入りに強調される「顔を見せることの特別さ

          いつかの日記(10) (『燃ゆる女の肖像』など)

          いつかの日記(9) (引越し、新しい街、池辺葵『ブランチライン』)

          一言二言日記つづき。 -------------------------- 引越しを終えた。どういう状態が引越しの「終わり」なのかよくわからないけれど、とにもかくにも、小さな部屋から新たな、さらに小さな部屋へと住まいを移すことを完了した…旧居において処理しきれなかった若干の不用品と、大量の「不用なのかいまいち判断がつかなかったもの」を携えて。 「断捨離」って、判断を保留させる情報や思惑を全てノイズとして、ひたすらoffる、そのノイズキャンセリングがどこまでできるかの戦いに

          いつかの日記(9) (引越し、新しい街、池辺葵『ブランチライン』)

          いつかの日記(8) (家事の友、記憶にないもの、中井久夫『戦争と平和 ある観察』)

          一言二言日記つづき。 -------------------------- ため込んだ家事を一気にやりたいときに聴く音楽、Bruno Marsの『24K Magic』が一番いいな…(5年位言ってる)。死ぬほどかっこいいデコトラに背後から応援される感じで、とにかく加速できる。気の乗らない排水口の掃除も、Brunoは絶対にしないだろうなと思いつつおらおらと完了。ありがとうBruno Mars、ありがとう彼を支えるバンドThe Hooligans、ありがとうキッチンハイター。ア

          いつかの日記(8) (家事の友、記憶にないもの、中井久夫『戦争と平和 ある観察』)

          いつかの日記(7) (爪切り、cero『e o』、あうヨーグルト)

          一言二言日記つづき。 -------------------------- 夜中に爪を切ってはいけない、夜中に新しい靴をおろしてはいけない、夜中に口笛を吹いてはいけない。いわゆる言い伝えにおける夜という時間帯は、私の日々の感覚よりもずっとはっきりと、意識のガラスケースに入れられ他の時間から区別されている。それはこの世がこの世ではない場所と接続する時間、光が終わりまた始まるまでの時間。子供の頃はそういう境界としての夜をよくわかっていたと思う。だから夜中に目が覚めるとちゃんと

          いつかの日記(7) (爪切り、cero『e o』、あうヨーグルト)

          いつかの日記(6) (雨、空豆、須賀敦子『ユルスナールの靴』)

          一言二言日記つづき。 -------------------------- 雨の時は雨の音がする部屋に住んでいる。ごく当たり前のことだと思っていたが、最近の鉄筋コンクリートのマンションだとほとんど聞こえないということもあるらしい。そうなんだ。今住んでいる部屋は雨音も風音もよく聞こえる、その前の部屋もそうだった、実家は屋根裏がなく窓が多い構造上、音の大きさもかなりのもので、大雨の日は家族の会話は無理なのであきらめてそれぞれ過ごしていた。 -----------------

          いつかの日記(6) (雨、空豆、須賀敦子『ユルスナールの靴』)

          いつかの日記(5) (コーヒー、違和感の記述、スペース)

          一言二言日記つづき。 -------------------------- 声が通らない。飲食店で注文するのが苦手である。聞き返されつつも喫茶店でアイスコーヒーを頼んだつもりが、アイスコーヒーとホットコーヒーの両方が運ばれてきた。アイスとホットのハーフサイズ(といってもそれなりの量)のセット、というメニューがあって、それを頼んだと思われたらしい。全然構わないが、そんな温冷交代浴みたいなメニューあるんだねとは思った。最初に出してくれた水とあわせて三種の飲料をばらばら飲んでい

          いつかの日記(5) (コーヒー、違和感の記述、スペース)

          いつかの日記(4) (春、なんかの入れ物、トマト、欧米の隅々:市河晴子紀行文集)

          ほぼ一言日記つづき。 -------------------------- 春はバンドが聴きたくなる。音の隙間を色や光や風が埋めてくれる季節だ。 -------------------------- 帰省。実家とは、「かつて何かの入れ物だったもの」や「かなりなんとなく装飾された入れ物」がやたら活躍する場所。ハーゲンダッツの箱に塩昆布が入っている。「I AM A CAT」と印字されたボトルにシャンプーが、ちふれのフェイスクリームのケースにトリートメントが入っている。「ほ

          いつかの日記(4) (春、なんかの入れ物、トマト、欧米の隅々:市河晴子紀行文集)