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エッセイ

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記事一覧

さよならまたいつか。

青黒い頬。赤黒く染まった耳たぶ。
下唇には堪えたときにできたらしい、血塊がうすくこびりついている。

17年ぶりの再会、たった半年の想い出。
とても軽いようで、貴重なようで、すごくちょうどいい。

去年の夏、長い空白をはさみ、お互いに少し太って老けた姿で待ち合わせた。

始めて会ったときからは20年が経っていた。
懐かしさと僅かに当時のほろ甘い想いの入り交じった気持ちが染み渡っていく。昔なかったハ

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愛しくて切なくて心強いもの

無防備な寝姿に愛しさを覚え、仕事で遅く帰る日が続くとせつない。そしてきみに毎日待っていてもらえる私はとても心強い。

20数年の流行歌の意味が今になって腑に落ちた、週末の夜。
それは、愛しくて切なくさせる。そのくせとてつもなく心強くもさせる存在。

君がウチに来てから、無闇に飲み歩くのをやめた。というか自然と足が向かなくなった。
かわいい君が待っている小さな私の部屋へ、今日も帰る。

それでも時に

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世の中、痛いか痛くないかの重要性が年増女性社会で上がってきているように思う。

・実年齢よりうんと若く見える自分に磨き上げる美魔女が痛いのか?
・自然体といえば体裁よく、オバサン化を急速させるオンナが痛いのか?
・結婚もせずいい年こいて、韓流スターなどに夢中になるのが痛いのか?

たぶんどれも痛い要素にはなり得るのだろう。

私は早くから自覚している、「自分は痛いオンナ」だと。
タイプで言うと上記

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花火大会と浴衣とビール

子供のころ一発も見逃したくなくて「花火大会」に卑しかった自分。虫に刺されていることにも気づかず花火の虜になった。家に帰ったら赤い斑点に覆われた手足に塗布されたキンカンがきつく染みた。
その頃の私にとって、夏に花火を見ないなんて、東京に行ってディズニーランドに行かないも同然のことだった。
いや、もちろん東京に行ったからといって誰もがディズニーランドに行くわけでないことくらい今は理解しているが、当時東

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扶養家族

その小さな身を私にうずめ
、なんとも無防備な寝姿は

小さな心臓をうごかし。わたしにすべてを任せる。
君は、ときに私の子どもであり、時にセラピストだ。

この狭いアパートに引き取られ、君は幸せかい?
私は君にとって、いいパートナー、保護者になれてるだろうか。

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日和見感染

まだ、自分の中に残ってた部分。この女の卑しい部分は私の中から三年ほどまえに消えたと思っていた。

しかし、昨晩それは復活した。普段は大人しいウイルスのように私の精神に潜み続け、日和見に起こされた。

「幸福になる必要なんかありはしないと、自分を説き伏せることに成功したあの日から、 幸福がぼくのなかに棲みはじめた」

大好きな名言であり、未だ成し遂げられない課題。
今でも十分幸せだと思っているが、そ

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イリュージョン

イリュージョン

今日は残業で遅くに帰宅。
ペットのうさぎがケージから出してくれとどんなに懇願しているだろうと
家路を急いだ。

リビングのドアを勇んで開けたら、てんてんがドアの前でお出迎え。
確かにケージの扉には鍵をかけて出てったはず。

こないだ夜中に上の扉から飛び出してきたことがあり、上の扉にも鍵をかけてた。

なのに、なぜ君は脱出してるの?
鍵を確かめると、確かにきつくしまっている。

君は引田天功か? も

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酒と病と父と私

 現在、私に父はいない。2010年の夏に食道がんを患いこの世を去った。父は若い頃からよく酒を飲み、泥酔して帰宅する度に母に怒られていた。私が思い出す父は、酔っぱらいの姿と母と言い争っている場面ばかりだ。父は煙草も好んだ。酒に酔い、着替えることなく酒と煙草の息を吐き出しながらだらしなくソファで眠りこける。そんな父を子供ながらに冷ややかに見ていた。決して体を大事にする人間ではなかった。片田舎の薄汚い酒

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KB挽歌

先日病院で便潜血(べんせんけつ)検査用の容器を手渡された。「検便」のことだ(以下KB)。内視鏡検査をされるとハラをくくっていたのでホッとした。2日分のKB容器を持ち帰り、摂取したのち月内にもってくるようにと。

とある小学生がKB提出当日の朝、うまく事が運ばず登校途中でみつけた犬のソレを提出した結果、人間ではありえん何かが検出され、検査員を酷くびびらせた。というカジュアルな話をマンガで昔見た気がす

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逆上がり

結婚て逆上がりみたいだ。

三十歳を過ぎ、婚活に躍起になっていた頃、自分なりのこんな見解が出た。

小学生の頃、鉄棒の授業があった。課題の逆上がりをどんどんクリアしていく同級生達。

鉄棒を前に列を成し、ひとりずつ挑戦していく。出来なかった者はまた列に並び直す。

出来た者は出来ない者への応援にまわる。これがひどく屈辱的だった。

私は最後までできないクチだった。みんながクリアしていくのを横目に不

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合コン二十年やりました(2)

三十歳を過ぎた頃、職場が変わった。環境が変わって合コンの頻度は減るどころかさらに加速していった。いつの時代も、どの場所に行っても、私の周りに集まる女性たちはみな、恋人を欲しているのだ。「類は友を呼ぶ」ということわざがあるくらいだから、最もな現象なのだろう。ここでは私の転職歴の多さを特権に、昔の会社、その取引先、従兄弟、考えつく限りの合コンやってくれそうな人脈という人脈をフルスロットルに活用し、尽く

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「アイドルになりたくて…」

 子供の頃の夢はズバリ「アイドル」。綺麗な衣装を着て、人前で歌って、声援を受け、同年代の男性アイドルとコントでイチャイチャし、時々水大会で水着姿を披露する。皆にチヤホヤされ、脚光を浴び、毎日が楽しくて仕方ないであろうその存在に果てしなく憧れた。本当はアイドル達の笑顔の裏に隠された血のにじむ苦労などあるのだろうが、片田舎に住む女児には知る術もなく想像もしない。

 私の小学生時代花のアイドル全盛期だ

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合コン二十年やりました(1)

 合コン…それは男女合同の飲み会(=コンパ)、つまりは「男女合同コンパ」は、略称「合コン」と呼ばれ、その文化は一九七〇年代から始まったといわれている。すでに四十年近くの時を経て、若い男女の間で形を変えながら夜な夜な楽しまれてきた「合コン」。近頃では、高齢化社会に比例してか、この合コン実施平均年齢も高齢化しているように思われる。

 私が長きに渡りこの年齢までおこなってきた合コン。どれだけの場数を踏

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「日々新たなり」。

「日々新たなり」。これは、実は私のじいさんの自叙伝のタイトルだ。

父方のじいさんは実は生前に、自費で自叙伝を出版していた。

じいさんの自叙伝「日々新たなり」は、こう始まる。

人生の過ぎ去ったひと齣ひと齣を思い起こすと、その時その場所、その人との哀感が時の隔たりを感じさせず実感となってよみがえる。。。。

現職をおえ、余生を送るようになってから書き始めたらしいこの自叙伝の「まえがき」を読んだと

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