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2023年12月の記事一覧

蛇にキス③

蛇にキス③

お酒を飲みすぎてしまったのだろうか。気づいたら薄暗い部屋の中。見慣れているような全く知らないような。ここはどこだろう。・・・あれ?

隣にはポールダンスをしていた彼女が座っていた。上から不敵な笑みで僕の顔を覗き込んでいる。
「うわ!」
僕は、思わず跳ね起きて彼女を正面からまじまじと見つめた。
月の光に照らされ、発光するうなじ。顎下で切りそろえられた黒髪。微笑みをたたえる血が透けたように真っ赤なくち

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蛇にキス②

蛇にキス②

恐る恐る扉を開けてみた。薄暗い廊下が続いて、奥からぼんやりとした光と、何やら賑やかな音楽が漏れ出している。扉のわりに中は意外と広いらしい。
「へっぴり腰しとらんで早よ進みィや。怪しい店とかちゃうから。」
とんと背中を押されて恐る恐る歩き出した。どんどん光と音が近づいてくる。行ったことはないが、クラブのようなところのようだ。
突き当りを曲がると、そこには嘘みたいに人でにぎわっていた。
「いらっしゃ~

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蛇にキス①

蛇にキス①

冴えない毎日。灰色の日々。
僕の人生、一言でいうとそんな感じ。受験は失敗し、滑り止めの大学にやっと入った。就職でも好きでもない仕事に就いた。会社行って寝て会社行って・・・。同じことの繰り返し。つまらない。彼女もいない。親にも孫の顔を見るのは諦められている。こんな状況なのに動き出せない自分のことも嫌だ。

***

「何か趣味とかあるん?」
仕事終わりに飲んだ帰り、唐突に上司から尋ねられた。

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猫に九生⑤

猫に九生⑤

手紙を恐る恐る開いた。

『猫には九つの命があると言われています。あなたなら、その命をどう使うかしら?
私は、教師として生きたい。
生まれ変わったのは、これで九回目。これまで綴ったのは私の人生です。よくここまで読んでくれましたね。
何度もあると分かりきった命。自分のために精一杯生きる動機なんてなくて、目的もなく自分の命を渡し続けているように感じていました。
でも、私はいつしか選択していたのです。教

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猫に九生④

猫に九生④

憧れの大人がいた。忘れもしない。中学校三年生の時の担任の先生。
私は、家庭環境があまり良くなかった。学校も休みがち。積極的に生きる意味を見出せず、毎日がどうでもよかった。
「どうせ私なんか、誰からも必要とされていない。」
なんて思い、自分の殻の中に閉じこもる日々。

そんなある日、先生から『うちへいらっしゃい。』と手紙が届いた。あんまり会ったことも無かったけれど、まあ、暇だし行ってみてもいいかな、

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猫に九生③

猫に九生③

三回目は、教師。
知識は生きる術だから。子どもたちがお腹を空かせず、理不尽な目に逢わずに生きていけるように。
「マオ先生。黒雲母は薄くて爪で剝がせるんですよ。透かして見ると、先生の目みたいにきらきらしてて綺麗でしょう?」
はにかみながら言う子。遥かに長く生きているのに彼らの持つ感性には敵わないなと思う。
教えているようで教えられる日々。
私は、よく彼らへ本を読み聞かせた。言葉は世界だ。新しい言葉を

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猫に九生②

猫に九生②

 二回目は、旅人。
世界中を飛び回り、様々なものを目に映す。コバルトブルーの海。赤青黄、何色でもいそうな魚たち。小鳥は囀り、蝶が舞う。
世界には壁も天井もなく、底抜けに美しいのだと知った。
「マオ、スモモの実やるよ。真っ赤に熟れて食べ頃だ。甘酸っぱくて美味しいんだぜ。」
そう言ってにかっと笑う彼。
いつの間にか行動を共にするようになった。
私の手を引いて、様々な場所に連れて行ってくれる。
「俺ァち

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猫に九生①

猫に九生①

 『猫には九つの命があると言われています。あなたなら、その命をどう使うかしら?
私は―。』

***

 一回目は、退屈な毎日。
あくびが止まらないぐらい、狭い部屋で同じことの繰り返し。
どうせ九つもある命だ。時間を無駄にしてもかまわない。
唯一、幸せだったのは、貴方が優しい声で、「マオ」と名前を呼んでくれたこと。
「ねえマオ、僕はもうすぐ死んでしまうよ。」
ベッドの上で月を眺めながら彼が呟く。

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フォネティックコード

フォネティックコード

君は、何でもビールの名前で例える。
「アルファのA」
みたいに、
「スッキリして飲みやすいから、ケルシェ!」
とバナナジュースを飲んだ後に言う。
そこはバナナの味で例えればいいのではないかと突っ込みたくなる。
「ブラボーのB」
みたいに、
「あの子は腹黒いから、シュヴァルツ。」
と唇を尖らせていた時もあった。
決まってドイツのクラフトビールの名前を口にする。好きらしい。

ねえ、それってつまりどう

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髪も顔も声も全部

髪も顔も声も全部

「僕が捕まるとしたら、自分でビールを作ってしまった時だと思う。」
入道雲が立ちのぼる青空の下。うだるような暑さ。君と散歩中に何故か思いついた。
「なにそれ。」
と君は呆れたように笑った。
「クラフトビールは酵母によって違いが出て面白いんだ。桜の酵母で作られたものもあるぐらいでさ。」
「ふうん。ビール、本当に好きなんだね。」
横目で見た君は、くるくると人差し指で髪の毛先を弄っていた。またウンチクかと

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天使の分け前

天使の分け前

「樽に入れたお酒は蒸発して毎年数パーセントずつ減ってしまうんだ。その減った分を『天使の分け前』って言うんだよ。」
美味しくなるためには、天使がつまみ飲みする分のお酒が必要らしい。
…勿体ない。
「私は、天使の助けなんて要らないから全部手に入れたい。」
ムキになっているみたいな言い方になってしまった。しまった。少し子どもっぽかったかな。
案の定貴方は、
「そういうところ、可愛いね。」
と言って、ビー

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