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髪も顔も声も全部

「僕が捕まるとしたら、自分でビールを作ってしまった時だと思う。」
入道雲が立ちのぼる青空の下。うだるような暑さ。君と散歩中に何故か思いついた。
「なにそれ。」
と君は呆れたように笑った。
「クラフトビールは酵母によって違いが出て面白いんだ。桜の酵母で作られたものもあるぐらいでさ。」
「ふうん。ビール、本当に好きなんだね。」
横目で見た君は、くるくると人差し指で髪の毛先を弄っていた。またウンチクかとうんざりしてるのかもしれない。
「うん。最近では、この木の枝ビールになるかもなんて思いながら歩いてるよ。」
ふと立ち止まって、君は、
無言のままじっと僕を見ている。
僕も合わせて立ち止まり、しばらく見つめ合う。
何か伝えたいのだろうか?捉えどころのない表情の君の瞳に、ぼやけた僕が映っている。
へえ、君ってこんなにまつげ長かったんだ。
「じゃあさ、私が死んだら骨をビールにしてよ。」
やっと口を開いたと思ったら耳を疑うような言葉。
「え?」
「だって私の味まで全部覚えてて欲しいじゃない。」
「…縁起でもないこと言うなよ。」
絶対美味しいと思うんだけど、なんて言って君はいたずらっぽく笑っていた。

ある日、君は本当に骨になってしまった。
僕は、君と一緒に呑むビールが好きだったんだって気づいた。

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