美しいって何ですか?
解説の佐野さん!
はいはい。
美しいって何ですか?
さあて、何なのでしょうねえ。考えるよりまずは体験ってことかなぁ。ご覧なさい、東西南北どちらを向いても見渡す限りの紺碧の円盤。船の上から望むこの海洋も、美しいと言えば美しいですよね。アラカワシズカが銀盤上でイナバウアーしながらケタケタ笑っているくらい美しい。ともあれ、そろそろ水平線の東西が少しずつせり上がってくる筈ですよ。ウミスズメの群れが飛んでいますね。何処かに島があるのかな。流氷もあちこちで見えてきましたね。
佐野さん! ちょっと甲板に出て来てください。水平線の東西がだいぶせり上がってきてますよ。
そのようですね。なだらかな曲線を描いて下方に撓む水平線。ご覧なさい。この船の進行方向、北側の視野いっぱいのまだ低いあたりですが、東西に渡って、それより上の空と明らかに色や様子が違って見えるでしょう? 地球の空洞の北の大穴の、輪っかのここからは反対側の海が見えてきたんですよ。あちこちで何かがチカチカ光ってますね。いろんな国の船からの信号でしょうか。不思議な光景ですね。マオちゃんがこれを見たら、甲板上で美しいアクセルの7回転くらいのを決めて、回り過ぎて海に落っこちてスケトウダラの餌になっちゃうかも知れませんねw。さあ、船はこれから徐々に空洞の入り口の大穴へ入って行きますよ。
佐野さん!またちょっと甲板に出て見てください。
はいはい。ああ、北に針路を取っている私達の、東西の海が極限までせり上がり天頂で繋がって、超巨大な海のリングを形作っています。リングのあちこちで雲が発達していますね。この海は地球内部の七つの大陸を取り囲みながら空洞内表面の全域に広がり、地球の反対側の南の大穴まで、十二の海を形成しながら繋がっています。長い航海の甲斐あって、私達は地球内部の空洞に向かう大穴の、ちょうど曲がり際の海までやって来たというわけです。ちょっと船の後方の、空洞の反対側を眺めて御覧なさい。抜けるような青空が広がっていますね。夜になるとキラキラ瞬く星達が、漆黒の宇宙をびっしりと埋め尽くします。反対側の空洞内では、地球内部の中心太陽の光が空洞内の海や島や大陸を仄かに照らし出し、それはそれは美しく幽玄な光景を作り出すのです。ハニュー君がこれを見たら、その美しさに腰を抜かしてさっぱり滑ることができず、ショートもフリーも世界最低得点を叩き出してしまうかも知れませんね。いやこれは少々おフザケが過ぎましたかなw。
佐野さん大変です!
はいはい。
ちょっとまた甲板に出て来てください! 空洞の内部から外の虚空へ向かって、不吉っぽい黒雲がもくもくと湧き起こり、その中から超巨大サイズの真っ黒いマムシが螺旋を描きつつグワーングワーンッと踊り出て虚空を北極星の方向へ真っ直ぐ進んで消えて行ったけれど身を翻してまたこっちに戻って来る気配です! 口から紅蓮の炎を吐いていますっ!
はい。しっかりした観察を元に、必要にして十分な説明をされたと思います。これはですね、人呼んでハイパーメガ黒マムシ、地球内部の中心太陽の黒点から、間歇的に射出される超巨大生命体なのです。一見奇怪極まる黒雲とハイパーメガ黒マムシですが、これはこれで美しいと言えなくもないわけでもない‥‥うーっ‥‥それもまたないって言うかよく分からないと私は思います。このような地球の空洞、つまり地球の空(ウツ)、そしてそれを出入りするハイパーメガ黒マムシの奇っ怪かつ神妙なる有様、つまり奇(クス)しき有様、これらすべての事象の曰く言い難くもありがた~い風情をもって古代の人達は、ウツが、クスしい、つまり、ウツクしい(美しい)と、思わず口にしたのです。
そうかぁ、美しいって‥‥なるほど、分かりました。解説の佐野さん、今日はどうもありがとうございました。
はいはい。
中継を終了したいところですが佐野さん! ハイパーメガ黒マムシが吐く炎で周りの船はほとんど焼かれてしまいました。我が船団は壊滅状態なり。うわぁ! ハイパーメガ黒マムシがこっち向いて、ほ、炎がぁ!!!
はいはい。
(完)
*詩投稿サイト即興ゴルコンダ(不参加作品)
お題:ゴジラいない君さん(2015/02/09)
*「佐野さん」/(モデル)サノミノル氏
日本フィギュアインストラクター協会理事長・テレビ解説者