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12月5日の手紙  「いずれ全ては海の中に」感想

拝啓

今日は、繰り返し読んでいる、
サラ・ピンスカー の短編集「いずれ全ては海の中に」の感想です。

サラ・ピンスカー 「いずれすべては海の中に」

「いずれすべては海の中に」は、本の雑誌でも紹介されているSF短編集です。

【今週はこれを読め! SF編】「語られない部分」を活かす技巧が冴えるピンスカーの短篇集 - 牧眞司|WEB本の雑誌

サラ・ピンスカーはアメリカのSF、ファンタジー作家です。
この短編集は
2020年度フィリップ・K・ディック賞受賞作
2020年度ローカス賞短篇集部門候補作
2020年度世界幻想文学大賞候補作
になったそうです。
2010年代に発表された13話が収められています。

といっても、そんな立派な経歴は全く知らず、ある日立ち寄った本屋に文庫版が平積みされており、そのあまりに美しい表紙に心惹かれて購入しました。

水色から黄色、桃色までのグラデーションのもやの中に、クジラやイッカクなどの海獣が泳いでいます。
その真ん中には、沈んでいく髪の長い人物、その周りには、気泡が浮かんでいるので、これは水の中であり、この人物は沈んでいっているのでしょう。人物の後ろには、工場のようにも城のようにも見える、建物がぼんやりと影として映っています。
タイトル、「いずれすべては海の中に」は天地が逆の状態で真ん中に印刷されています。
ついていた帯も、この美しい表紙が印刷されていました。
サラ・ピンスカーのことは何も知らなかったのですが、SF短編集であること、とても美しい表紙であることから購入を決めました。

私小説の歯応え

今年はSF小説を読む年でした。
劉慈欣「三体」シリーズの「三体」「三体II 黒暗森林」「三体III死神永生」、アンディ・ウィアーの「プロジェクト・ヘイル・メアリー」、伊藤計劃の「虐殺器官」「ハーモニー」をAudibleで聞きました。
なので、SFならサッと読めるだろうと手に取ったわけですが、これがかなりの予想違いでした。
今年読んだSFはどれも、「目的」がはっきりしている小説でした。ありていに言えば、「世界を救う」とか、「人類最後の1人として生き残る」とか「〇〇の謎を解く」などの壮大な目的だったのです。また、それに従って、状況や設定も比較的限定されていました。危機的状況の地球とか、宇宙船の中とか、ウィーンの街とか、わりと想像しやすかったのです。
しかし、サラ・ピンスカーの短編集は違いました。
時代も、状況も短編ごとに全て変わります。そして登場人物の目的は、もっとずっと私的で、ささやかなものです。
またサラ・ピンスカーは主人公たちに多くを語らせません。当たり前であることは当たり前なので、説明しすぎないのです。
これに馴染むまでにかなり時間がかかりました。何が目的なのか、何の話なのか、いつの時代なのか、読み始めて数行ではよくわかりません。
これは一体何の話だろう?としっかり考えながら読むという力を失っていたようです。SFやミステリは結果がどうあれ、方向性は決まっていることが多いのです。その小説が何の話かを考える必要はあまりありません。
そのモードに慣れきっていたため、当初は、
一読しただけでは、何の話かよく分からず、数行読むだけでへとへとになっていました。
自分の頭の中に全くない物語を読むことは、適当にはできないものなのです。
小説を読む筋力が、衰えていると痛切に感じました。
繰り返し読むうちに、どの短編にも、サラ・ピンスカーの人生が練り込まれていて、SFというよりは私小説のような味わいであることがわかると、ずいぶん物語が理解できるようになりました。

多彩で、ありふれた主人公の非日常


主人公たちは、科学者や宇宙飛行士や兵士ではなく、農場で働く人、宿屋の下働き、歌手、おばあさんや日雇いのバイト、フィドル弾きの歴史教師、保険調査員、など、市井の人々です。
誰も彼も、数千人に1人の特別な専門家ではありません。私たちと変わらない、普通の人々が主人公なのです。
この日常の地続きに、主人公たちは存在していて、ほんの少し、もしくはとても不思議な体験をします。
ドラえもんの藤子F不二雄の「すこしふしぎ」に近い手触りのように思います。
この日常の、隣にあるSFです。

タイトルのセンス


サラ・ピンスカーは小説のタイトルをつけるのが上手です。
古典から、詩的で印象的なフレーズを持ってきて、それをタイトルにしています。ミュージシャンでもあり、ツアーをやったりもするそうですから、音楽的なセンスの名付けなのかもしれません。
どのタイトルも素敵で、何となく口に出したくなるような味わいがあります。これは訳者の方の尽力もあるのでしょうね。
「いずれすべては海の中に」はもちろん、「そしてわれらは闇の中」、「彼女の低いハム音」、「深淵をあとに歓喜して」、「孤独な船乗りはだれ一人」、「風はさまよう」「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」など、まずはタイトルが詩的で、素敵なのです。

クィアな世界


サラ・ピンスカーの小説は、クィアな存在と視点、関係性に溢れています。
しかし、声高に描かれているのではなくて、当然として、至って普通に描かれているので、ぼんやり読んでいると見逃すほどです。
自分の固定概念に何度もハッとすることがありました。日本ではまだこれほど当然に、同性同士のカップルが出てきていない気がします。特に女性同士のカップルは。

お気に入りの作品

13作品の中で気に入っている作品は次の5作品。
13作品のうち5作品気に入っているなら、素晴らしい短編集であるということは十分証明されていますね。

「彼女の低いハム音」
おそらく、サラ・ピンスカーがユダヤ系であることを背景にした作品。父と娘と祖母にそっくりの「それ」が新しい土地へ亡命する話です。
最近の、国際情勢のニュースを見た上で、読むとより考えさせられます。

「死者との対話」
訳者の後書きや先にあげた記事でも触れられていないのですが、1番の問題提起作であると思います。
大学生グウェニーが友達のイライザの事業(有名な殺人事件の関係者をAIで再現し、現場のミニチュアにセットする)を手伝う話です。言ってしまえばそれだけなのですが、妙な現実感と薄暗さがあります。イライザみたいな人は日本にもいます。

「深淵をあとに歓喜して」
老夫婦のお話です。愛とは何だろうなぁということの、サラ・ピンスカーなりの回答のひとつのような作品です。
本当のところ、作品の中で何が起きたかは分からず、これから何が起きるのかもわかりません。
でもそういう中でも、愛は見つけることができるのです。

「孤独な船乗りはだれ一人」
SFというよりはファンタジーです。セイレーンのせいで船が出せなくなった港町、セイレーンを倒そうとする男たちは皆失敗し、女船長も失敗してしまいました。アレックスは父の知り合いだという船長に、セイレーン退治の動向を頼まれる…というのがあらすじです。
とても詩的な話で、繰り返し読んでいると、その美しい光景が目に浮かびます。

「イッカク」
町から出たことがないリネットが、イッカクの形をした車に同乗して旅に出るバイトに参加するというお話です。
サラ・ピンスカーの短編はあらすじを書いても意味がない気がしますね。サラ・ピンスカーの良さが伝わりません…。
全くおかしな設定に見えるこの話の読後感の良さはちょっと不思議なくらいなのですが…。
スーパーヒーローは身近にいることを、私たちは気づかなさすぎるのだろうと思います。

最後に、サラ・ピンスカーって、フルネームで呼ぶとすごく、素敵な名前なんですよ。
この記事も、嬉しくて、何度もフルネームで読んでしまいました。







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