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試し読み / U-NEXTオリジナル書籍

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U-NEXTオリジナル書籍に関する「試し読み」を集めました。ぜひお気軽に手にとっていただけるとうれしいです。
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記事一覧

冒頭大公開【試し読み】奥田亜希子さん『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』

冒頭大公開【試し読み】奥田亜希子さん『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』

 相田愛奈の将来の夢は、総理大臣になることだった。
 小学生のころの愛奈はニュースを観るたび腹を立てていた。相田家のテレビは父親の意向で、朝は民放ではなくNHKの番組を映していた。三歳下の妹が四年生になり、あたしも占いとか「きょうのわんこ」とか観たい、と訴え、妹に甘い父親がそれを受け入れるまでその習慣は続き、つまり、小学生の愛奈は納豆をかき混ぜたり口の端から歯磨き粉を垂らしたりしながら、国会や裁判

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【試し読み】寺地はるなさんの連作シリーズ第6弾『焼き上がるまで』

【試し読み】寺地はるなさんの連作シリーズ第6弾『焼き上がるまで』

■著者紹介■あらすじ■本文1 グラタン皿に有塩バターを塗ります。にんにく一かけをすりおろして、これもまた皿に塗ります。

 こんにちは。あたしの名前は愛里咲です。たまに「それって源氏名でしょ? 本名を教えて」なんて言うひとがいます。でもこれ、れっきとした本名です。谷川愛里咲。住民票を見せてあげてもいいですよ。
 自己紹介からはじまるレシピを読むなんてはじめて、というかたも多いでしょう。でも、どこ

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【試し読み】井上荒野さん 『つまらない掛け時計』

【試し読み】井上荒野さん 『つまらない掛け時計』

■あらすじ

■本文

  伊藤海晴

 赤いニットのワンピースを脱がせると、繊細な白いレースのランジェリーがあらわれた。身につけているのは、どちらかといえば黒とか紫の方がしっくり似合う女だが、こういう清純な花嫁みたいなのも悪くない。なにより、郁佳が自分のためにこれを選んだのだと思うのはいい気分だった。伊藤海晴の欲望は十分に膨らんだ。四十六歳の彼にとって、それが十分に膨らむというのは重要なことだっ

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おじいちゃんに恋人が!?【試し読み】坂井希久子さん 『祖父の恋』

おじいちゃんに恋人が!?【試し読み】坂井希久子さん 『祖父の恋』

 一

「ねぇ、お願い。どうにかお祖父ちゃんから、話を聞き出してくれない?」
 電話越しの母の声が、哀願口調に切り替わる。さっきまで鼻息も荒く怒り狂っていたのに、唐突な転調だ。
 指の産毛を抜きながら話を半ば聞き流していた若菜は、思わず「えっ!」と叫んでしまう。その拍子に、毛抜きで少し肉をつまんだ。
 チリッと軽い痛みが走り、毛抜きを手放す。肩と頰で挟んでいたスマホを手に握り直し、反論した。
「な

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読了まで約15分。冒頭の12,000字大公開!【試し読み】碧野圭さん ブックデザイナー小説『レイアウトは期日までに』

読了まで約15分。冒頭の12,000字大公開!【試し読み】碧野圭さん ブックデザイナー小説『レイアウトは期日までに』



「詰んだ」
 赤池めぐみは、思わずそうつぶやいた。自宅アパートのドアスコープから見えるのは、初老の女性、めぐみのアパートの大家だった。大家はめぐみの部屋の下に住んでいる。
「赤池さん、いらっしゃるんでしょう? 外まで聞こえましたよ。開けてください」
 そこまで言われると、ごまかしようがない。めぐみは溜め息をひとつ吐くと、ゆっくりドアを開けた。
「お邪魔しますよ」
 大家は玄関のたたきに立った

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●発売後即重版●冒頭大公開!【試し読み】高瀬隼子さん『め生える』

●発売後即重版●冒頭大公開!【試し読み】高瀬隼子さん『め生える』

 汗をかくと、はげが目立つ。髪と髪がくっついて頭皮が露わになるのが嫌で、汗がひくまでトイレの個室にいた。ハンカチで頭と首と、耳の裏を拭いた。滲んだにおいがする。案内された三畳ほどの広さのブースは、クーラーが効いていて涼しい。約束の時間の十五分前にこのビルに到着し、違うフロアのトイレで息を整えてからやって来た佐島には、すこし肌寒く感じられるくらいだった。
 佐島は木目調の椅子に腰かけ、同じ柄のテーブ

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【試し読み】井上荒野さん『犬の名前』

【試し読み】井上荒野さん『犬の名前』

■著者紹介

■あらすじ

■本文

 野副圭介

 最初は小さな違和感だった。尻の周辺の、なんとなく熱っぽい感じ。これが「痔」というやつだろうか、だが還暦を過ぎて仕事を縮小し、座り仕事が以前ほどではなくなった今になって、そんなものになるかなあと思っていた。痛みはなかったので様子を見ていたのだが、そのうち手で触ってもわかるくらい腫れぼったくなってきて、こりゃあ何か黴菌でも入ったのかもしれないと、病

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【試し読み】弟の将来だけが希望持てるかも・・・朝倉かすみさん『非常用持ち出し袋』

【試し読み】弟の将来だけが希望持てるかも・・・朝倉かすみさん『非常用持ち出し袋』

■著者紹介

■あらすじ

■本文

 1

 小豆沢芙実は嬉しかった。
 さっきから目尻に笑みがたまっていた。口元もほころんでいる。
 喉を伸ばし、空を仰いだ。午後四時を過ぎていたが、三月の空はまだ青かった。どこもかしこもきっぱりと澄んでいる。
 息を吸うと胸いっぱいに明るさが広がった。真っ白なシーツを思い浮かべる。物干し竿にかけ、洗濯ばさみで留めたシーツだ。
 大きな風が吹いてきて、芙実の前

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【試し読み】森晶麿さん『うどんリープ—香川に帰ったらタイムリープから抜けられなくなった件—』

【試し読み】森晶麿さん『うどんリープ—香川に帰ったらタイムリープから抜けられなくなった件—』

■著者紹介

■あらすじ

大学進学を機に郷里の香川を出、東京の企業に就職した達也はある日縁談を進められる。乗り気になったものの、地元には遠距離恋愛中の恋人がいた。大型連休の金曜に香川へ帰省し、別れ話をするはずが、気がつくと帰省最終日の日曜朝になっている。何とか恋人に別れを告げるものの、時間はなぜか金曜夜に戻ってしまい、やり直しの会話の中で、達也は恋人の秘密に気づく。本当に彼女とは終わりなのか。達

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【試し読み】吉川トリコさん『コンビニエンス・ラブ』

【試し読み】吉川トリコさん『コンビニエンス・ラブ』

■著者紹介

■あらすじ

■本文

  ―NEW GAME…

 灰人の背中で卵が割れた。
「裏切り者!」
 空気を切り裂くような金切り声があたり一帯に響いた。その言葉の強さにたじろいで、反応が遅れた。声のしたほうを振りかえると、犯人はすでにこちらに背を向けて走り出していた。薄暮の中でもはっきりと見て取れる、青からピンクへあざやかなグラデーションを描く長い髪。よく事務所の前で待ち伏せしているs

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【試し読み】井上荒野さん『不幸の****』

【試し読み】井上荒野さん『不幸の****』

■著者紹介

■あらすじ

所属する劇団が分裂しかけていることを聞いたばかりの沙恵美は、ホームクリーニングの仕事のため、約束の時刻に豪邸に着いた。しかし、家の奥さんは予定を忘れていた様子で、さらに間男らしき男もいる。沙恵美の見立ては正しく、奥さんことるみはある思惑を持って、大学時代の知人男性を招いていた。
不満と憤り、苦境にある、そんな二人の耳に唐突に、暴力的に届いたのは、子どもが悪戯で叫ぶ女性器

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【試し読み】芦花公園さん『宇宙の家』

【試し読み】芦花公園さん『宇宙の家』

■著者紹介

■あらすじ

■本文

 これはずっと前に行ったもう行くことはない家の話だ。
 その家はとある県の、空港から二時間ほど車を走らせたところにある。
 全く開発されていない土地だから何もない。本当に何もないのだ。車道の脇には竹林が生い茂っていて、街灯もなく、夜は走れたものではない。
 車道沿いに点々とある文字の消えかかった商店はどこも看板だけ出して閉店しており、店の前には廃車にしか見えな

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【試し読み】寺地はるなさんの連作シリーズ第5弾『マッシュルームルーム』

【試し読み】寺地はるなさんの連作シリーズ第5弾『マッシュルームルーム』

■著者紹介■あらすじ■本文 大学がとても広い場所である、ということは啓も知っていた。生まれてからの三十余年とんと縁のない場所だったが、いちおう知識としては知っていた、ということだ。
 母は啓を大学に行かせたがっていた。「お金のことなら気にしなくていい」と死ぬ直前まで言っていたが、啓には経済的事情とは異なるふたつの事情があった。ひとつは学ぶことは好きでも人にものを教わるのが大嫌いだという性分。もうひ

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大ヒットドラマ「キリング・イヴ」原作小説 冒頭30,000字 大公開!

大ヒットドラマ「キリング・イヴ」原作小説 冒頭30,000字 大公開!

■あらすじ【U-NEXT独占配信中!エミー賞8部門ノミネートの大ヒットドラマの原作小説】
MI5の捜査官イヴ・ポラストリは、ある殺人事件の目撃者の証言から容疑者が女性だと知り、さらにここ最近起こった未解決の殺人事件がいずれも同じ犯人によるものなのではと疑っている。一方、暗殺者ヴィラネルはトゥエルヴと呼ばれる組織から次の任務を命じられる。ターゲットはロシア人の極右論者、場所はロンドン。追う者と追わ

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