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何もいらない。


別に、もう、何もいらなかった。飛び抜けた才能も、巨万の富も、家庭も、夢も、苦痛も。

これ以上、何もいらなかった。全て、諦めていた。なんとなく、良くも悪くもない、いや、本当はちょっと悪いんだけど、自分を納得させながら、酔生夢死ではない程度の、それなりの人生が歩めれば、もうそれでよかった。

そんな私に、突然欲しいものができた。欲して、願ってしまった。とある人との、人生を。その人と共に歩む人生を想像してしまった。
無邪気でも蠱惑的でもあるその笑顔、指先までに至る所作、紡がれる言葉、全てに翻弄され、気づいたら夢に出るようになっていた。

その人と、生きる生涯を想像してみた。きっと刺激的だけど、そこには柔らかな安寧も共にある気がした。その人の口から溢れる声も、指先から生まれる文章も、その人しか知らない、この世界の秘密を内包していて、私は都度ときめいてしまう。だけど、繰り返される会話は、まんねりなんて言葉を超越した安心感がある。そんな妄想を…

妄想はどこまでいけど妄想。叶わない。そう、叶わないのだ。叶わない願いは、針となり、胸に突き刺さる。私は返しを潰しながら、引き抜こうとし、悶え、後に蹲ることしかできない。

彼の人の痕跡を生活に見つけるのが上手になるにつれ、私は自分の想いに蓋をするのが下手くそになっていった。それが苦しくて苦しくて…

だから、もう、何もいらない。何も願わない。ただ、

今日も、夢で逢えたなら、夢と知りせば、覚めざらましを。

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