ウマ娘怪文書

さまざまな短編があります

ウマ娘怪文書

さまざまな短編があります

最近の記事

完全完璧学級委員長

「そうですね、学級委員長であることには誇りを感じています。それは確かです。が、委員長という肩書きそのものが好きなのか、と問われると、そうではなく。委員長という役職に付随する実体のある責任感。それを背負っている、あるいは背負わされているという感覚が好きなんでしょうね、私は……」 責任とは個人が社会と繋がるための最も単純かつ重要な契機だ。注意欠陥多動性障害、つまりADHDですね、と精神科医に告げられたあの日から、サクラバクシンオーの人生の指針は、社会に自分をアダプトすること、た

    • すべてが馬になる

      府中の森公園で四本脚の未確認生物が発見されたのは、ハルウララが失踪してからちょうど一週間後のことだった。 時刻、午後17時47分。第一発見者は「ハルウララ失踪事件捜査本部」の副本部長であるエアグルーヴだった。 エアグルーヴは茂みの中からぬっと現れた見慣れない巨大動物との遭遇に身構えた。そいつは吠え散らすでも襲いかかるでもなくクリクリと首を傾げると、地面に繁茂する草を食みはじめた。 エアグルーヴはその生き物の動向をしばし窺ったあとで、恐る恐る頭部に触れてみた。なぜそうした

      • 四月の風

        あなたの絵本をぜひ出版したい、とゼンノロブロイに持ちかけられたのは2年前の4月だった。 「中等部に高野悦子と二階堂奥歯の生まれ変わりみたいな奴が入ってきた」という話題が高等部の文化系界隈を駆け巡った春。文学のぶの字も知らないライスシャワーは校庭の隅に一人、三角座りで歔欷に暮れていた。 「ライスさん、どうかされたのですか?」 たまたま通りかかったミホノブルボンが彼女にそう尋ねた。ライスシャワーはわなわなと震えながら手のひらを開いた。 「さっきね、踏んじゃったの…」 そ

        • ファー・フロム・ドバイあるいは南越谷駅徒歩15分

          東武スカイツリーラインの間断ない振動がふいに止んだ。宇宙空間に放り出されたような浮遊感。いま私は荒川の上にいるんだろう。各停、次は小菅。東京拘置所で有名な、それ以外になんにもない小菅。東京拘置所では今この瞬間にも死刑に処される日をただ待ち続けている囚人が何人もいる。私はそれを羨ましいと思う。 ふと窓のほうに目をやるとやつれきった自分の顔が映っていた。何かが確定している状態というのはその何かが何であれ安心する。少なくとも、何も決まっていないよりは… 目の端を拭っていると眠た

        完全完璧学級委員長

          オタクに優しいギャル

          オタクハンターの朝は遅い。もう10時で草。いいやもう授業とか。古典だし。ダイタクヘリオスは適当にアイラインとリップを引いて白いダウンジャケットを羽織った。すっげえ着丈が短いやつ。府中の冬空には点々と鈍重な雲が浮かんでいた。 駅前の柱にもたれかかり、ジッと往来を見る。無数の人間が改札口やデパートの出入口に向かっていくつかのまとまった水流を形成している。ふだん自然の流れに逆らって本を読んだり計算式をこねくり回したりしている人間たちが、そうと意識していないときにはこうやって自然の

          オタクに優しいギャル

          麻布競馬場

          麻布に競馬場がある、と私にこっそり教えてくれたのはナカヤマフェスタだった。 麻布、という単語を脳内で転がしていると、今でも砂混じりの汗が首筋を伝うような不快感に苛まれる。だから私はわざと素っ気なく返事した。すると彼女は踵を返しかけた私の腕を強く掴んだ。掴まれた箇所から皮膚が爛熟し、そのままアスファルトに溶け込んでいくような気がした。 「嘘じゃない。来ればわかる」 21時半、広尾駅。外苑西通りを名前も知らない高級車がひっきりなしに通り過ぎていく。そのうちの何台かは車体に夜

          麻布競馬場

          知床慕情

          海獣の唸り声のような轟音が船内にこだまし、乗客たちの間に電撃が走った。しかしそれはまだ具体的な形を取っていない。乗客たちは顔を見合わせ、何事かを囁き合っていた。そうすることで自分たちがまだ平穏な日常の中にいることを信じようとした。 永遠のような間があって、それから船内放送がかかった。風の強い快晴の午後だった。 「本船はただいま流氷と衝突しました。船体底部に穴が開き、各所から浸水が発生しております。要するに本船は間もなく沈没します」 船内はたちまち怒号と歔欷とアラートの嵐

          明日もここで歌うから

          「じゃあ次の方どうぞー」 「は~い!世界の果てまで追いかけて☆トップウマドルの~」 「いや、そういうのいいんで、ね」 「あ、はい。ごめんなさい。スマートファルコンです。府中在住です」 「じゃあ早速志望動機を・・・あ、荷物は床に置いて。違う。そこじゃなくて。だから違うって。後ろ。見えてるでしょ。そうそこ。はい始めて」 「え・・・あ・・・私は・・・あの・・・えっと・・・・・・」 結局ほとんどの質問に答えられないまま、その日の面接は終了した。去り際背中に突き刺さった「頑

          明日もここで歌うから

          壁の向こうで戦争が始まる

          「これから君たちには殺し合いをしてもらう」 演壇から全校生徒を睥睨しながらシンボリルドルフはそう宣言した。不揃いにざわついていた体育館が一瞬にして静まり返った。それは波の引いた浜辺のような沈黙だった。再び波が押し寄せる前に、シンボリルドルフが言葉を次いだ。 「ああ、無論これは言葉のあやだ。本当に殺し合いをするわけではないから安心してほしい」 生徒たちの間に弛緩した雰囲気が戻った。シンボリルドルフは改行を加えるように短い咳払いをした。 「えー、今日は君たちも知っての通り

          壁の向こうで戦争が始まる

          運悪く埼大落ち

          晩秋。 サイレンススズカが早稲田大学の指定校推薦を勝ち取ったというニュースはちょっとした事件だった。 彼女ほどスポーツに青春を捧げたウマ娘はいない。朝日とともに駆け出し、夕日が沈んでもなお駆け続ける。自己研鑽やレースでの優勝などはもはや取るに足らない些事であり、雨が降ろうが槍が降ろうが隕石が落ちようが脇目もふらず彼女はひたすら走り続けた。 彼女はなぜ走るのか?それは彼女がこの世界に存在しているから。走ること、ただそれだけが彼女の実存に確かな輪郭を与えていた。 したがっ

          運悪く埼大落ち

          私はスぺちゃんが好き

          スペシャルウィークさま メリークリスマス、スぺちゃん。 といっても今はまだ12月の中旬なんだけど、そっちに届く頃にはおそらくクリスマスの時期なんじゃないかしら。 唐突にごめんね。少し伝えたいことがあって、それで手紙を送りました。ものすごく長くなっちゃったから、読みたくなかったら読まなくても大丈夫。 それと、消しゴムの痕はあんまり見ないでね。 日本を発ったのは今年の6月。もう半年前ね。スピカのみんなが見送ってくれたのを覚えてるわ。 マックイーンが羽田のギャラクシーホ

          私はスぺちゃんが好き

          京王線・新宿伊勢丹行き

          雨ホントに嫌い。特に秋は最悪。この前渋谷で声かけてきたジジイくらい最悪。キモかったなあいつ。いい年こいていつもウマスタ見てるよ~じゃねーよ。mixiから一生出てくんな。 あと朝も嫌い。外が少しずつ明るくなってく感じね。こっちが気づかない間にジワジワ変わってくのなんか陰キャみたいだよね。アグネスタキオン先輩かな?うえ、朝から嫌なもの思い浮かべちゃった。 てかなんでこんなに髪の毛ハネてんの。身体の一部が思い通りになんないのほんと無理。もしカレンがドブスの運動音痴だったら「でも

          京王線・新宿伊勢丹行き

          卒業

          「今から卒業式を開会するッ!起立ッ!」 秋川理事長がマイクに向かって宣言した。椅子に座っていた全校生徒が一斉に立ち上がり、一斉に一礼し、一斉に着席した。 「あの、今卒業式って言ってましたけど、いったい誰の卒業式なんですか?」 スペシャルウィークが小さい声で前の席のエルコンドルパサーに訊いた。 「うーん、エルたちはまだ中等部デスし、それに今は11月デース。ここに呼ばれる意味がわかりまセーン」 「しかもさあ」エルコンドルパサーの隣にいたセイウンスカイが口を挟む。「昨日ま

          被告アグネスデジタル、死刑

          「被告に判決を言い渡す」 シンボリルドルフは懸命にそこまで絞り出したものの、次の台詞を言い淀まずにはいられなかった。沈黙が再び波のように押し寄せ、傷付いた彼女の良心を容赦なく撫で回した。シンボリルドルフはその痛みを誤魔化すように唇を強く噛み締めた。 アグネスデジタルは迷子のように彷徨する彼女の瞳を見つめたまま、この瞬間が永遠に続けばいいと思った。いや、それは越権というものだ。彼女にとっては、シンボリルドルフが自分の処遇について何らかの人道的葛藤を催しているというその事実だ

          被告アグネスデジタル、死刑

          日の名残り

          多摩川の土手に腰掛け、夕陽に向かって色褪せた遠い記憶を投射してみる。膝にできた擦り傷、冷たいアイスクリーム、クラスメイトの笑い声。もはや透明に近しいそれらは、鮮やかなオレンジ色を浴びて煌めきながら、再び記憶の奥底へと沈み込んでいった。 もう10月か、と呟きながらウオッカは大の字に寝転がった。名前も知らない秋の虫が耳元をくすぐるように鳴いている。万物が温かい毛布をかけられたようにゆったりと夜に向かっていく流動を肌に感じるまま、ウオッカも目を閉じた。 夕間暮れの心地良い微睡み

          日の名残り

          コンドルは宇宙を行く

          トレセン学園の片隅には大きな切り株がある。切り株には大きなウロが穿たれており、地底に向かって真っ黒な闇がどこまでも広がっている。底は見えない。 その闇にはすべてを等しく呑み込み、すべてを無へと還元させてしまうような独特の重力があった。 「死ねーーーーー!!!!!!!!」 誰かがウロに向かってそう吐き捨てた。言葉はウロの内部に広がる無窮の闇へと投げ込まれた瞬間にすべての文脈性を削がれ、単なる音素へと解体され、気がつけばその誰かの胸中にあった行き場のない悪意は雲散霧消してい

          コンドルは宇宙を行く