氏家すなお

デザインと漫画とお笑いが好きです。 メンタルについて考えすぎて、”考えないことが最強だ”ということが確定したので、考えない方法についてずっと考えてます。

氏家すなお

デザインと漫画とお笑いが好きです。 メンタルについて考えすぎて、”考えないことが最強だ”ということが確定したので、考えない方法についてずっと考えてます。

    マガジン

    • 己の軌跡

      自分史を書いていきます。人生観、恋愛、仕事のことなどがメインになります。 できるだけエンタメとして面白く読めるように頑張って書こうと思ってます! ちなみにファルコムが好きです。ロゴは思いっきりリスペクトしてみましたが、このマガジンでは語りません。

    • ノーコード開発コラム

      ノーコードで開発しているときの考えや体験談を書きます。

    最近の記事

    死んだかと思ったら、貧乏なのにお金の優先順位が下がった自分に生まれ変わった話

    僕の脳内はお金のことでいっぱいいっぱいだった。 そこにおっぱいが入り込む余地はない。あのおっぱいでさえもだ。 しかし今はどうだろうか? 開始2行で数少ない読者を離脱させることも厭わないほど、心に余裕ができている。カモン、おっぱい。 ほら、こんな風にね。 ※この話は死をテーマにした体験ベースの気付きエッセイです。 死んだかと思ったできごと僕は今、夜勤の倉庫バイトと焼肉バイトを掛け持ちし、隙間を縫うように奇跡的に受注できたWEBデザインの仕事をしている。 控えめに言って地獄な

      • いつの間にかやらなくなってしまった大事なこと

        靴紐を"しっかり"結んでから出かけたのは何年振りだろうか? 20代中盤にニューバランスにどハマりして、その時はやたら靴紐をしっかり結んでいた。 良い靴を履いている自分がやたら誇らしげだったし、靴にも足にも愛を注いでいた。 しかし、時が経つにつれて、段々と靴に注ぐ愛情は薄れていった。 最後のニューバランスに至っては、踵がすり減ってなくなっているのにも関わらず、まだ履き続けていた。 とある日、ニューバランスを履いているのに足が疲れやすくなっている自分に気がついた。あと臭

        • AM4:00に泣きながら卵焼きを作ったことがあるかい?

          まず勘違いさせないために伝えておきたいのは、この話は泣ける話ではありません。 Amazon Primeで視聴した『シェフは名探偵』がめちゃくちゃ良かった!という話です。 ↑こちらの作品。 この作品の良さを伝えるためには、僕が”どういう人間”で、”どのような状況”で試聴したのか、というポイントは大事だと考えている。 例えば、この作品は絶対泣けるよ!と言われた作品が、失恋をテーマとした作品だとして、勧めてくれたその子は失恋したばかりで感情移入しやすかったけど、フラットな状態

          • ニューバランスをはいて「ひとり最遊記」を楽しんだ24歳の冬。

            幼馴染(♂)にニューバランスというスニーカーブランドを教えてもらい、えらいどハマりをした。 24歳の冬だった。 その当時は「服なんて着れればなんでも良い」と思っている時期だったので、当然のように靴に対するこだわりも何もなかった。 そんな僕がニューバランスに興味を持った理由は、幼馴染のアツく語ったニューバランスプレゼンの中で"気になるフレーズ"が出てきたからだ。 「履いた時に履いてないと勘違いする」 「⋯⋯」 何てこった。 ニューバランスという靴は幼馴染を嘘つきに

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            思春期は山崎まさよしを聴いて先にこじらせておくと良い

            大人になってこじらせちゃうと、舵が効かない。 社会という名の荒波に揉まれているんだ。舵が効かないに決まっている。 だから、先にこじらせちゃおうよ。 思春期に先にこじらせておけば大人になった時には落ち着いている。 若いうちに遊んでると結婚してから遊ばなくなる、みたいな浅はかな理論と同じだ。 ただ、このマインドが世の中に浸透してしまったら教師は質問攻めにされるのは間違いない。 「先生、うちの子をこじらせたいんでけど、どうすればいいんですか?」 こんな質問は日常茶飯事にな

            朝まで寝付けなかったので「どうせ寝れないなら⋯⋯」と思って、イヤイヤ期の息子用の食事仕込みしたら止まらんかった。 妻にも感謝されすごい満足感👨‍🍳 今日も頑張りますか〜。

            覚悟が決まっている”状態”だと何が起こってもブレなくて一日が楽しい

            1時に寝て朝6時に目が覚めた。 いつもより睡眠時間は短いはずなのに目覚めはスッキリしていた。 自覚できるほどのモチベーションが高い朝。 朝活ではnoteの執筆やノーコードの勉強をしたい。 そそくさと準備をして家を出た。 家を出てすぐに神様がちょっかいを出してくる。 近所の建築現場の兄ちゃんが、イライラしていて木材に八つ当たりしていた。 グワッシャーーン!! 大騒音。 もちろん僕は、ビクゥッ!、となる。 建築現場を通り過ぎ、もう少し歩くと、 曲がり角から一組のカ

            僕の中で2年間眠っていたジローラモを供養する

            勘違いさせるタイトルで申し訳ないのだが、これは僕が異性に対する欲を解き放つ話ではない。 その勘違いの原因は「ジローラモ」という単語の捉え方の違いにある。 皆さん中に眠るジローラモと、僕の中に眠るジローラモは、そのイメージかほとんどの場合違うと考えている。 というわけで、ジローラモさんをご存知だろうか? この方だ。 詳しい説明はWikipediaに掲載されているため省略させていただくが、世間にイメージをまとめると 「すぐナンパする女好きのちょい不良(ワル)オヤジ」

            坊や 知ってるかい? 羞恥心は もってるだけじゃ ダメなんだぜ。 ちゃんと そうびして はじめて つかいこなせるってわけさ。

            いつからか”くしゃみの大きさ”を制御できなくなった。 制御しないのではなく、できなくなったのだ。 昔は音量も小さく可愛いくしゃみだった。 クチュンっていうようなくしゃみだ。 幼少時の僕のくしゃみはオノマトペで表現できるレベルだった。 それが今はどうだろう? 「あ"ぁぁぁーーしょ!!」 これが今の僕のくしゃみだ。 もし僕が巨人だったらくしゃみでウォール・マリアを破壊できるレベルだ。それくらいの破壊力はあるだろう。 漫画で表現するならばもうオノマトペでは収まりきれない

            やわらかフニフニ尻にカピカピウンコがこびり付いていた時のTips

            何事にも初めての瞬間がある。 そして、それは突然に、何も準備ができていない状態でやってくる。 2020年の4月4日に息子が産まれた。 性別は早い段階のエコー検査で判明した。 お医者さんの「おっ、チンチンだぁ!」という言葉で告げられた。 まるで、潮干狩りに来てアサリを掘っていたら「おっ、ハマグリだぁ!」と叫んでしまった時と同じテンションだったと思う。 ハマグリはラッキーに当たる部類の発見だが、チンチンはどうだろうか? ラッキーチンチンだったのだろうか? 性別がどっち

            コタツで寝ると脳が震える

            ある日スーパーで買い物した帰り道。 ガサリ、と音がして、その瞬間に持っていたスーパーの袋が少しだけ軽くなった気がした。 ふと横を見ると、1kgの白砂糖を手に持った幼女がいた。 僕が買った白砂糖を幼女が拝借していた。 幼女は白砂糖の袋を口で噛みちぎったあと、ガツガツと砂糖を食べ始めた。食べるというか、袋の穴に口をつけて吸っていた。 みるみるうちに吸われていく砂糖を僕は唖然としてみていたが、ふと我に返って「き、君、何やってるの?」と幼女と砂糖を引き離そうとした。 しかし、

            時をかけるnote

            いろんな人のnoteを読み漁っていろんな人の思考に触れる。これだけでも面白いのだが、自分の人生と同じような出来事が起こっている人が見つかる。 そうすると、「僕が決断したこと」と「他の人が決断したこと」が違っていて、人生というものの奥深さを感じた。 このような追体験ができるのがnoteの魅力の1つなのだろう。 ↓読むのが止まらなくなった記事はこちら↓ 僕が建築デザイン業界から身を引いたのが同じように取引先が消えたことだった。僕の取引先は倒産して社長が夜逃げしたという話だ。

            さっきはちょっと喋りすぎちゃったなぁ、と思った瞬間に「さっきはちょっと喋りすぎちゃった」って言えたらいいと思うよ

            「さっきはちょっと喋りすぎちゃったなぁ」 そんな風に思う時がよくある。 ちなみに僕はいろんなことを気にしすぎるし考えすぎる属性だ。(個人的にはHSPとまではいかないと思ってます。人見知りはしないし雑談とか好きだし) 自分の体験談から察するに、この「さっきはちょっと喋りすぎちゃった」現象は「自分のことを知って欲しい」という欲求から発生すると考える。 もちろんその欲について”自覚している”もしくは”向き合っている”ならば問題はない。喋りすぎたことに対して反省することはあっ

            俺の意地が引っ込み思案すぎて困るのだが?

            ラノベタイトル風に自分の「意地」を挑発してみた。 しかし、僕がどんなに挑発しても「意地」は一向に出てくる気配がない。 よく物語とかで期限がギリギリにせまってて、やらなきゃいけないことが絶望的に終わってない状況で、一度は諦めるんだけど、”ある出来事”や”誰かに言われたセリフ”がきっかけで、次の瞬間から脇目も振らずバリバリ集中して目的を達成するっていう描写がある。 あのアツい展開が好きでめちゃくちゃ憧れているのだが、実体験で起こったことがない。 僕の場合は、 「期限がギリ

            自分が何者なのか自分でもよく分かってないからプロフィールが永遠にしっくりこない⋯⋯、今回はシンプルに文で書いてみました。

            好きなことして生きるために必要なこと

            自分の子供には好きなことして生きて欲しい。この想いを伝えることは簡単だが、そのためには何をしたほうが良いのか?とまでは深く考えていなかった。 そして、今は「学校の勉強とどう向き合うか」がその答えに一番近いのではないかと思い始めている。 僕は「学校の勉強なんて社会で生きていく上でそれほど役に立たない、それより集団生活での学び、失敗や成功の体験の方がよっぽど重要だ」と考えていたが、それも違うような気がしてきたのだ。 そう考えるようになったのは、とある人に話を聞いたからだ。