坊や 知ってるかい? 羞恥心は もってるだけじゃ ダメなんだぜ。 ちゃんと そうびして はじめて つかいこなせるってわけさ。
いつからか”くしゃみの大きさ”を制御できなくなった。
制御しないのではなく、できなくなったのだ。
昔は音量も小さく可愛いくしゃみだった。
クチュンっていうようなくしゃみだ。
幼少時の僕のくしゃみはオノマトペで表現できるレベルだった。
それが今はどうだろう?
「あ"ぁぁぁーーしょ!!」
これが今の僕のくしゃみだ。
もし僕が巨人だったらくしゃみでウォール・マリアを破壊できるレベルだ。それくらいの破壊力はあるだろう。
漫画で表現するならばもうオノマトペでは収まりきれない。
立派なセリフ枠になっている。
しかも、ページの半分以上を使わないと違和感を生み出してしまうくらいの迫力だ。
現実世界では騒音で迷惑をかけ、漫画に落とし込んだとしても燃費が悪い。非常にはた迷惑なくしゃみなのだ。
なぜこんなことになってしまったのだろうか?
いつからこんなくしゃみになってしまったのだろうか?
思えば、小さい頃から周りを気にする性格ではあった。
くしゃみは無意識だと大音量になり、変に目立って恥ずかしい。
周りに迷惑もかけたくない。
おそらく、小さい頃は”羞恥心”も相まって、ちゃんと音量にセーブかけてたと思う。
そう、この”羞恥心”というのはとても大事なキーワードだと思う。
例えば、恥じらいを忘れずに育ち、乙女心を持ってる人(老若男女はとわず)は、大人になってもくしゃみが小さいままなのだろう。
つまり、僕は大人になる段階で、どこかに羞恥心を置いてきたしまったのだ。
考えられる一つの要因として、「もう、モテなくてもいっかな?」という諦めだ。
結婚した時にはっきり思ったわけではないが、たぶん心の奥底で諦めていたと思う。いや、諦めていたというより「モテることにメリットを感じなくなた」のかもしれない。
という感じで、くしゃみを制御することなく長い年月を過ごした。
この時は自らくしゃみのリミッターを外していて、妻(当時は彼女)が笑って受け止めてくれていることを良いことに、周りにかける迷惑について高を括っていたのである。
外でのくしゃみはいつでも制御できる。
だって今まで制御していたのだから。
とある日、僕は1人で電車に乗って移動していた。
昼過ぎの時間帯だったが、それなりに混み合っていて、僕は扉付近の手すりの前で立っていた。
急に何の前触れもなく鼻がムズムズし出した。
風邪を引いたわけでもなく、埃っぽい空気だったわけでもない。
謎のムズムズ。
よく考えたら、なんの因果かわからないが、電車内でくしゃみをしたくなる現象が5年くらいずっと訪れていなかった。
くしゃみをするのはほとんど妻の前だけ。
もしくは誰もいない場所。
しばらくの間はそんな人生を歩んでいたのだ。
そして
ついに、電車内という確実に制御しなければいけない状況で、くしゃみの衝動が来てしまった。
鼻は相変わらずムズムズしている。
でも、僕としては制御できると思っているので
(あーくしゃみ出そうだなぁ)
くらいしか考えてない。
何回かのムズムズで、脳が「くしゃみするぞー」って信号を送ってきた。
※僕の脳内のやりとりをイメージしています
その信号を受けて僕は、
(よし。電車だからちょっと抑えようかな)
と返答をして脳内にあの幼少時のクチュンを再現させる準備を⋯⋯
できない。
あの時のクチュンを忘れてしまったことに気づく。
今気づいたのか?それとも忘れていたことすら忘れていたのかはわからない。
ただ
「あの日やったクチュンのやり方を僕はもう知らない」
偶然にもヒットしそうなアニメのタイトルみたいになったが、それだけは確かだった。
やばい。もう、くしゃみが出る。
しかし、僕が今さら焦ったところでくしゃみの衝動を止めることはできない。
「はっ…、はぁあっ…」
ぐらいの時に、僕はとにかく口を閉じることだけに集中した。
だが予想以上に口が閉じない。
時間にして一瞬の出来事なのに、頭はフルスロットルで回転している。
今さら羞恥心を呼び起こし口を閉じたいと願う僕と、今まで甘やかして大音量でくしゃみをさせ続けてきた脳の攻防戦。
ヤバイヤバイヤバイ、早く口を閉じなきゃ!という思いだけが、高速でグルグル回転した結果。
一瞬の隙をついて、思いっきり口を閉じることに成功した!やった!
だが口を密室にした反面、止めることが出来なかった溢れるパワーを放出した場所は、
すべて鼻から出た。
ブゥフバァァ!!
という感じで、鼻から体液が大量に出た。
鼻だけだ。一方通行(アクセラレーター)でもある。
もう、くしゃみが恥ずかしいとか、音量とか、そういうレベルの羞恥心じゃない。
壁を越えている。振り切っている。
なんていうか、もう、事件?
僕の鼻水は顎からポタポタと垂れ流されていて、胸の方にはシミすらできていた。
顔に付いた鼻水を素早くすべて両手で集めたあと、鼻と口を両手で塞いでゆっくりと目を閉じた。
とにかく人様に僕の鼻水をできるだけ視界に入れさせないことを優先させた行動だった。
以外に冷静ではあったと思う。
そのまま、1分ちょっとぐらいじっとして、次の駅に着いたので、降りてダッシュでトイレに駆け込んだ。
満員電車じゃなくて、ホントに良かった……。
言いたいことは1つ。
くしゃみは、普段からセーブしてたほうが絶対に良い。
これは息子にも伝えていくことにする。
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