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ニューバランスをはいて「ひとり最遊記」を楽しんだ24歳の冬。

幼馴染(♂)にニューバランスというスニーカーブランドを教えてもらい、えらいどハマりをした。

24歳の冬だった。

その当時は「服なんて着れればなんでも良い」と思っている時期だったので、当然のように靴に対するこだわりも何もなかった。

そんな僕がニューバランスに興味を持った理由は、幼馴染のアツく語ったニューバランスプレゼンの中で"気になるフレーズ"が出てきたからだ。

「履いた時に履いてないと勘違いする」

「⋯⋯」

何てこった。

ニューバランスという靴は幼馴染を嘘つきにしてしまうのか。

しかも、1秒でバレる嘘だ。
靴を履いているのだから履いているに決まってるじゃないか。

なんでそんな嘘をついてしまうのだ。

幼馴染は真面目でピュアだったのに⋯⋯。

彼が初めてバイトをするってなったとき、すごく不安がっていたので一緒に下見に行った。それも一度じゃない。何度も一緒に下見をして、自分が店に馴染むイメトレをしてから、やっとこさ面接を決めた。

それくらい真面目でピュアな幼馴染だったんだ。

ニューバランスめ。大変なことをしてくれたな!

僕は真面目でピュアな幼馴染を取り返すため、意気込んでニューバランス青山店に乗り込んだ。

店舗に到着後、僕は脇目も降らず2階に上がり、店員を呼びつけた。

もちろん幼馴染に嘘をつかせた疑惑の”993”という番号のニューバランスを履かせてもらうためだ。

「履いた時に履いてないと勘違いする」⋯⋯だと?

そんなことは許されない。

だって靴を履いてるんだから。

店員がニューバランス993を持ってきた。

僕はそれを受け取り、足を滑らせるように履いた。

ジャストサイズだった。

そして、こう言ってやったんだ。





「え?今、僕、履いてます?」





目をまん丸にして言った。

まじでビックリした。

靴に興味がなかったから、今まで履いていた靴のクオリティのとのギャップもあるだろう。

だとて。

そんなんも含めて、本当に感動した。

僕はキャッシュで993を即買いして、そのまま履いて帰った。
(すいません。買う気満々でした。だって彼はプレゼン上手いだもん)



こうなってくると、もう歩きたくて歩きたくてしょうがなかった。

僕は元から散歩好きだった。

「散歩好き × ニューバランス993」

この掛け算はキケンだ。

とにかく歩きたい。
足の限界が来るまで歩いてやろう。

そう考えた僕は、すぐに良いアイデアを思いついた。

目的地を決めるのではなくて、限界まで歩きたいのだから、方角だけ決めてどこまで歩けるか試してみようと思ったのだ。

方角は西にした。

そう、それは"リアル版ひとり最遊記"のはじまりだった。



当時、埼玉県の和光市に住んでいたので、そこがスタート地点だった。

準備としては100円均一でコンパスを買うだけ。
スマホも家に置いてきた。
あとはひたすら西を目指すのみ。

せっかくなので、当時、趣味としてハマっていたニコンのデジタル一眼レフを肩に掛けて出発した。

久しぶりに箱から出したらだいぶ老けてた

ニューバランス993を履いて、ニコンのデジタル一眼を持って、外をフラフラする24歳。
何だか自分がイケイケでオシャすぎて目眩がした。

そして僕は、軽快なリズムで歩みを進める。
ニューバランス993が僕の足を滑らかに押し出す。
勝手に足が前に出る感覚だ。

歩きながら目に映る景色をカメラにおさめる。
何も考えずにカメラのシャッターを押し続けた。

デジタル一眼にたまっていく思い出の写真の数々。

周囲に誰もいないことを確認して体を大きく捻って撮った鉄塔
無の心で撮った池
シャッタースピードを間違えた鴨?
先行きが不安になる空


空、鳥、鉄塔、草、空、鳥、木、空、空、空、木、鉄塔、鳥、空、木、空



"空"の思い出ってそんないるかな?



この旅から10年近く経つが、アルバムの"空"を見ても何の感情も出てこない。

決して"空"は悪くない。

何なら”空”自体は好きな部類だ。

ただ、ニコンのデジタル一眼を買った時は空を撮るためのカメラじゃない気はしていた。

しかし、無常にもアルバムには空がたくさん溜まっていく。

あと鳥。

『無』
リアルタイムでは「生命が感じられるベストショットだ!」と思ってたけど、時間経って見たときの感想、それは無。

僕としては風景ではなく「躍動感のある被写体を撮りたい」という気持ちが強かったので、散歩をしながら動くものには敏感に反応していた。


「お、あそこ何かいるぞ!」


すぐにカメラを向ける。

パシャリ

そう。

鳥だ。

また何の思い入れのない鳥が増える。

もう何度このやりとりを繰り返したことか。


そんな僕にもチャンスがやってきた。


道の途中で見つけた小さな公園で楽しく遊ぶ子供とママさんがいた。

子供の笑顔!!

これぞニコンのカメラに相応しい被写体だ。

テンションが上がって写真の許可を撮ろうとした。

が、

ギリギリのところで理性が働いて口を閉じた。


⋯⋯危なかった。


大量の空と鳥を撮り続けてしまったせいで、僕の理性は飛ぶことを覚えてしまったのだろう。

しかし呼び戻せて良かった。

だって、シチュエーション的に怖すぎるでしょ。

ふらっと現れた男が、自分の子供の写真を撮りたいと言ってきたらどうだろうか?

ゾワっとする。

自分だったら断るに決まってるし、断るママさんも嫌な気持ちになるし、僕も断られた後にテンションがだだ下がりするし、誰も幸せにならない未来しかない。

やめておいて本当によかった。

僕は、ニコンのデジタル一眼をそっとソフトケースに戻して、散歩の続きを楽しむことにした。

これ以降しばらく写真は撮っていない。


何時間か歩いて日が傾いてきた。
ただ、自分がどこにいるかはイマイチよく分からない。

そこで、敷地が広く神秘的な雰囲気がある神社(寺?)を見つけたので、この旅の安全を願うためにお参りをした。
休憩も兼ねて、一石二鳥だ。

お作法とか思い出せなかったので、適当にナムナム祈った。

夕暮れ時の神社は、少し涼しく、ちょうどいい休憩になった。

「さて行くか」

そうつぶやいてコンパスを見ると、

カクカクカクカクカクカクッ、と針が小刻みに震えていた。


マジか⋯⋯。

どうやらコンパスがぶっ壊れたらしい。


え?何?磁場とかそういうこと?
パワースポット的な何か?


理由は分からないが、旅の安全を願った直後にコンパスがぶっ壊れた。

これが神の返答なのか?

お作法とかちゃんとやらなかったから?


スマホも持っていないので、もう方角は分からない。


僕は急に不安になってきたので、たくさん人がいるところに行きたくなった。

とにかく人の栄えている場所を目指すんだ。


そして、神社を出たところで雨がポツリポツリと降ってきた。


おい神よ!僕が何をしたんだ!


そこでスマホはやっぱり持っとくべきだったと後悔する。
こうなってくるとニコンのデジタル一眼が邪魔で邪魔でしょうがなかった。
雨にも弱い。
雨から守ったとて、空と鳥のデータしかない。
ただ金額が高いだけのとんだお荷物野郎だな。

身の回りのいろんなことに悪態をつきながらも、僕は人を探し続けた。

とはいえ、田舎の奥で散歩していた訳ではない。
雨に振られて小走りでどこかに向かう人がチラホラ見つかる。

すぐに僕も小走りになってその人たちの後をつけた。

「うわー降ってきちまったぁ」と、さも余裕をかまして散歩していた地元民のような顔をして、知らない人の後を追いかけた。
ここがどこかも何も分からないのに。

幸いなことに、雨足が本降りになる前に何とか最寄駅の存在がわかった。


そこは立川駅だった。

こんな感じで歩いていたらしい。
これはGoogleMapで今調べたやつなのでルートは多少違ってるとは思うが。

駅前にファミリーレストランがあったので、すぐに入って雨宿りをした。

ドリンクバーを頼み、一息つく。

全身で、自分がほっと安心していることを感じた。
自分が今どこにいるか分かることが、こんなにも落ち着くなんて知らなかった。


「ふぅ⋯⋯」


ファミレスでドリンクバーを飲みながら考えていた。


何だこれ?

この旅、何なん?

意味あるん?


余裕が出てきた僕の思考回路は、旅の意味ばかりを考えるようになっていた。


ふと最初の目的を思い出した。

そういえば、足の限界まで歩く、と意気込んでいたな。


今の足はどうだろうか?


確かに疲れてはいる。
疲れてはいるが限界ではない。

雨で湿ったニューバランス993も平気そうな顔をしていた。


このままだと「ひたすら西を目指して立川まで歩いた」というエピソードしか残らない。


なんかしっくりこなかった。


もっと「歩いて〇〇まで行ったんだ!」と言った時にインパクトと分かりやすさが欲しい。


ということで、僕は次の目的を設定し直した。


1.まず地図を買う。
2.立川から西にあって、距離もちょうど良くてインパクトのある地名を探す。
3.もう1つファミレスをハシゴして、そこで夜が明けるまで粘り、次の日の早朝に目的地を目指して歩く


僕の考えた新しいプランはこんな感じだった。


さて。

「立川から西にあって、距離もちょうど良くてインパクトのある地名」

この目的地はすぐに決まった。

おそらく、誰もがこのルールならば、誰もが同じ地名を選ぶだろう。

そう。


奥多摩だ。


僕は、ニューバランス993を履いて奥多摩を目指すことにした。



そして夜が明けた!



天気は快晴だった。
雨上がりの快晴。空気は澄んでいて、神が初めて僕に微笑んでくれた気がした。

ファミレスで仮眠しただけなので、絶好調とまではいかないが、思ったより疲労は感じられなかった。

僕は地図を片手に奥多摩を目指すために歩き出した。

そして、無我夢中で四時間ほど歩いて僕はあることに気づく。


西に行けば行くほど冷え込んでいく


これは、控えめに言って、地獄だな。



何が地獄って、ただただ、足がツラい。

寒いのもあるけど、それより足が痛い。


ファミレスの仮眠で足が回復する訳がなく、四時間も歩けば足の裏なんて常時ビキビキ鳴り始めたり、ズキズキ痛みが出てきたりする。


今ならはっきり言える。

僕はニューバランス993を履いています。
履いてるのに履いてない?
いや、履いてます。
履いていて、なお足が痛いです。

ただ、ニューバランス993じゃなかったら、もう歩けなくなっていたかもしれない。そこは感謝しかない。

ということで、もう足の限界はきていたのだ。

当初の目的は青梅という街に着いたあたりで達成していた。

しかし、新たな目的の奥多摩を設定しちゃったもんだから、限界を越えて歩かなければならない。

僕の心の中では

「足が痛い」

「痛いって考えるから痛いんだ。無心になれ」

「⋯⋯足が痛い」

ずっと、この繰り返しだった。

引き返せと言っているような煙

道は一本道だった。

国道をひたすら歩く。

車が怖かったトンネル

一体何台の車が僕を追い抜いて行ったのだろうか?

その国道は申し訳程度の路側帯しか歩く道はなく、歩いている人間、いや生命は、ほぼ僕一人だった。
通り過ぎる車はさぞ迷惑だったことだろう。

とにかく、無事に奥多摩まで着くことだけを考えて、ひたすら歩みを進めた。


何時間経過したのだろうか?


時間は測っていなかった。


しかし、僕はたどり着いた。


たどり着いたのだ。


奥多摩だ。

あの東京の大自然。
観光名所の奥多摩にたどり着いた。

最後に撮った写真。記憶は全くない。

奥多摩駅の外観が見えた途端、膝がガクガクと震え出した。

僕は何とか堪えながらも駅に向かう。

駅に着き、壁に持たれながらも必死にある場所を求めた。



もちろん改札だ。



そう、帰るためだ。


帰りたい。


早く座ってのんびり帰りたい。


早く座りたい。


早くふっかふかの電車のシートにケツを置きたい。


和光市から奥多摩まで歩いて行くと、観光時間は10秒ほどでちょうど良いのだ。


奥多摩でピクニック?


僕を殺す気かい?


僕は、脇目も降らずに電車に乗り、2時間で地元に帰った。


以上が

「ニューバランスをはいて楽しむ『ひとり最遊記』」

の記録です。

行きは12時間、観光10秒、帰りは2時間の散歩好きにはたまらないプランとなっております。

興味のある方は是非やってみてください。







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