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ショートショート集

21
短編小説よりも短い作品を掲載しています。
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#短編小説

【ショート】無限階段に囚われた男〜あるいは上昇と下降の囚人とJFK暗殺について〜

【ショート】無限階段に囚われた男〜あるいは上昇と下降の囚人とJFK暗殺について〜

 早朝の135番通りを北に歩いていると、〈無限階段に囚われた男〉に声をかけられた。

「あなたの小説のファンです。サインを頂けますか」
 彼はそう言って、一冊のペーパーバックとサインペンを私に渡してきた。
「お安い御用です」
 私は彼の要望通り、慣れた手つきでサインをしてやった。

 だが、その本は私の著作ではなかった。それはケネディ大統領暗殺事件について書かれた本だった。
 私はサスペンスを専門

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ショートストーリー「空飛ぶ少年兵」

ショートストーリー「空飛ぶ少年兵」

 眠れなかった。
 ベッドの上で毛布にくるまってから何時間も経つのに、まだぼくは夢の世界を訪れることができなかった。

 きっと、幽霊がいっぱい出てくる映画を観てしまったせいだ。就寝前にそんなものを観るから、恐怖が眠気を上回っているのだ。
 まるで深い深い森の奥で、捨てられておびえた子犬になった気分だ。
 冴えた目で、天窓に四角く切り取られた星空を見つめながら、そんなことを思った。

 ふっと短く

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ショートストーリー「絶対に名は明かせない」

ショートストーリー「絶対に名は明かせない」

 喋ってみると、名無しの権兵衛は意外といいやつだった。

 彼の部屋は僕の隣で、以前から気になる存在ではあった。
 だって、決して自分の名前を明かそうとしない同学年の隣人なんて、気にならないはずがない。
 だけど同時に、決して自分の名前を明かそうとしない彼のその特殊性は、周りから一定の距離を置く役割を果たしていた。事実、彼は寮の中で浮いていた。

 だけどひょんなことから、僕は彼と親しくなった。

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【ショートショート】中華料理店にて

【ショートショート】中華料理店にて

 営業先との商談に失敗した帰り、俺と高橋は近くにある中華料理店に寄った。

 失敗して落ち込んだとしても、空腹は満たす必要がある。
 そうでなければ、午後から始まる別の営業は乗り越えられないのだ。

 俺たちは店の一番奥にある壁際のテーブル席に腰を下ろし、俺は五目そばと炒飯、高橋は酢豚と天津飯を注文した。

 小ぢんまりとした店内には、カウンター席と四つのテーブル席が配置されており、俺たちの他に客

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【ショートショート】アイスクリーム工場

【ショートショート】アイスクリーム工場

 町のアイスクリーム工場が潰れることを知ったのは、今朝のことだった。

 僕はその報道をテレビのニュース番組で目にした時、言葉には出さずとも軽いショックを受けた。

 子供の頃からそのアイスクリーム工場で生産されたアイスクリームをよく食べていたし、小学生の時には学校の課外授業の一環で工場見学にも行った。

 長い間親しんできた町のアイスクリーム工場が潰れ、その工場の製品がもう食べられなくなるという

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ユウヒ飲料の自動販売機【ショートショート】

ユウヒ飲料の自動販売機【ショートショート】

 自動販売機の扉を開けると、その向こうには『昭和40年代の世界』が広がっていた。

* * *

 本日9台目になる自動販売機の飲料を補充し、集金を終えた俺は、トラックに乗り込み、車を発進させた。

 車内のラジオからは、ブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』が流れている。

 時刻は午後1時半過ぎ。道は空いていて、もう5回は信号に捕まっていない。
俺は自然と『ボーン・

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【ショートストーリー】逆回転寿司の逆襲

【ショートストーリー】逆回転寿司の逆襲

 ここ最近、逆回転寿司で客による不正が多発していた。食べ終わった皿がレーンに戻されているという事案が発生しているのだ。

 それも一皿や二皿ではない。多い日だと十皿を超えることもある。
しかしその不正が発覚してから数週間が経過しても、犯人の特定にはまだ至っていなかった。

 警察沙汰にはしたくなかった店主のコオリヤマは、店内に注意喚起の紙を貼ることにした。
だが、大した効果は見られなかった。タチの

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短編小説「空想少女と風のリアリスト」

短編小説「空想少女と風のリアリスト」

『そうして人類は滅亡し、宇宙に真の平和が訪れることになった。』

 私が数日かけて読み終えたSF小説は、この一文で幕を閉じた。
私はその最後の一文を読んだ直後、分厚い単行本を思い切り床に叩きつけたい想いに駆られた。

 作中に散らばったいくつもの謎や伏線は殆ど置き去りにされた状態で、物語は「人類滅亡」という無責任としか思えない形で終局を迎えたのだ。
こんなの、どう考えても作家としての職務放棄だ。

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自作掌編小説『突然の雨が降り出して』

自作掌編小説『突然の雨が降り出して』

 会社帰りの午後7時、街に突然の雨が降り出した。

 天気予報では伝えられていなかった想定外の事象に、傘を持たずに通りを歩く人々は、決して少なくなかった。

 4月中旬の雨はまだ冷たく、濡れた身体には少し応えるものがある。

 私はいつも習慣的に、ビニールの折りたたみ傘を鞄の中に常備していた。
だから幸い、冷たい雨に見舞われるという事態は何とか避ける事ができた。

 透明なクラゲを想起させるビニー

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