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短編小説「空想少女と風のリアリスト」

『そうして人類は滅亡し、宇宙に真の平和が訪れることになった。』

 私が数日かけて読み終えたSF小説は、この一文で幕を閉じた。
私はその最後の一文を読んだ直後、分厚い単行本を思い切り床に叩きつけたい想いに駆られた。

 作中に散らばったいくつもの謎や伏線は殆ど置き去りにされた状態で、物語は「人類滅亡」という無責任としか思えない形で終局を迎えたのだ。
こんなの、どう考えても作家としての職務放棄だ。
その作品を読むのに費やした私の時間は、ドブに捨てられたも同然だった。

 だけど、実際に私はその本を床に叩きつけることはできない。
公立図書館で借りた蔵書は、例に漏れず丁重に扱わなければならないのだ。なんの傷や汚れや折り目もなく、期限内に返却することが、利用者に求められる責務。

 穏やかな昼下がり、私は公立図書館までの道のりを歩いていた。
閑静な住宅街には街路樹が規則的に並び、爽やかな春の風が断続的に吹いている。

 私の肩に掛かるトートバッグの中に入った本。この本の中の人類が滅亡した原因は、巨大隕石の衝突だった。
かつての恐竜の絶滅と同様に、地球に落下した隕石は人類を一人残らず殲滅したのだ。

 ふと私の心に、もしも人類を滅亡させるほどの巨大な隕石が降ってきたらどうしよう、という不安が芽生えた。
でも、すぐに私はその馬鹿げた考えを払拭した。そんな質量の隕石が地球に降ってくるなんて、まずあり得ない。それこそ天文学的な確率だ。
そう、人類滅亡なんてただの空想。現実に起きるはずがない。

 すると突然、一段と強い風がピュウッと吹き、私は咄嗟に麦わら帽子を片手で押さえた。
顔を上げると、目の前に風のリアリストさんが現れていた。
(本当にそう思うのかい?)
「えっ」
(君は本当に人類が滅ぶはずはないと考えているのかい?)
「少なくとも、私が生きてるうちは」
(それは客観性に欠ける主張だね)
「どうしてですか?」私は尋ねた。
 風のリアリストさんは柔らかな微小を浮かべた。(明日、核ミサイルのスイッチが押されない保証はどこにもない。遠い銀河から我々の惑星に異星人が襲来しないという保証もない。そして巨大な隕石が落下しないという保証だってない。これらの出来事が絶対に起きはしないと、君は断言できるかい?)
 私は眉をひそめた。「どうして風のリアリストさんは私を怖がらせることばかり言うんですか?」
(私は君とリアリズムについて話しているのさ)風のリアリストさんはそう言い残すと、風に乗って消えていった。

 目的の図書館に着くと、私は外に設置されてある返却ポストに、借りていた本を投函した。
風のリアリストさんが私に与えた恐怖心も、本と一緒に投函したつもりだった。

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