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#01 エストニア⑤ “目に見えないインフラ”が変えたもの

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
最初の訪問先は、“世界最先端の電子国家”として発展を遂げたエストニア共和国。
現地でのフィールドリサーチに続いて、日本―エストニアのビジネス交流のキーパーソン、ラウル・アリキヴィさんにインタビュー。“目に見えない電子国家”、その本当の姿とは?(インタビュー前編)
▶︎ 前編 ④ “負の歴史”に立ち向かうクリエイション
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ラウル・アリキヴィ氏インタビュー(前編)

“世界で最も進んだ電子国家”として、大きな注目を集めるエストニア。
これまで首都タリンでのフィールドワークや、ITスタートアップ企業、仮想移民政策「e-Residency」担当者への取材を通して浮かび上がってきたもの。それは、この国が世界に先駆けて実現したデジタルなインフラ基盤が、目に見えない形で人々の意識を変えつつある実態でした。
最先端のテクノロジーを導入し、利便性を享受しながら、その存在をほとんど感じさせない昔ながらの都市空間が残る街。発展するテクノロジーの一方で、エストニアの人々は自身の理想の街づくりをどのように考えているのでしょうか。
日本―エストニア間のビジネス交流のキーパーソン、ラウル・アリキヴィ氏へのロングインタビューを通して、「テクノロジー×街づくり」の理想の関係を探っていきます。

ラウル・アリキヴィ(Raul Allikivi)
1979年、エストニア生まれ。2002年、タルトゥ大学卒業後に来日し、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて修士課程修了。05年から12年までエストニア経済通信省に勤務し、経済開発部で局次長として情報社会分野の戦略策定やアントレプレナーシップ創発、デザイン政策などを担当。
現在は妻の母国である日本を拠点に、アジア諸国へエストニアの行政システムを紹介するコンサルティング会社ESTASIAや、日本のクラフトビールをヨーロッパへ輸出する会社BIIRUを経営。16年、エストニア電子政府の情報連携基盤を提供するIoT系スタートアップ企業プラネットウェイのヨーロッパ支社を平尾憲映氏と共同設立し、取締役を務める。
プラネットウェイ https://planetway.com/

電子国家の正体は“目に見えないインフラ”にあり

私は現在、日本とエストニアを往復しながら、両国をつなげる仕事をしています。私の会社プラネットウェイでは、エストニアの電子政府のインフラを日本へ導入し、高度な情報連携の仕組みをサービスとして提供しようとしています。現在もさまざまな日本企業とともに、分野を超えたデータ活用システムの導入に取り組んでいるところです。

日本のお客様にエストニアのエンジニアリングを提供する一方で、日本のお客様をエストニアへお連れすることも多々あります。その際の難点としては、電子サービスは目に見えるものではないということ。旧市街などを案内して回っているうちに、「電子国家はどこにあるの?」と言われることもよくあります(笑)。
しかし、この目に見えないインフラこそ、いまエストニア政府が力を注いでいるものの正体です。日本のマイナンバーカードに相当するeIDカード1枚で、人々は行政が提供する公的サービスから公共交通機関、免許証や飛行機の搭乗までを賄うことができます。例えば、僕の娘には生まれた瞬間からeID番号が付与され、その番号を使って娘の名前を国にオンライン登録することができました。これによって、今後はあらゆる場面で娘の本人確認が可能になります。そして、この技術の背景にあるのが、政府や民間企業が持っている複数のデータベースをAPIなしで安全に連携させる情報連携基盤「X-Road」です。

プラネットウェイでは、この「X-Road」を世界で初めて民間企業向けにカスタマイズして導入しようとしています。導入のメリットとしては、何といっても紙の書類が不要になること。交通事故の保険金請求を例に挙げれば、手書きで記入した書類を保険会社の担当者が確認するのが従来のやり方ですが、人の手で行われる以上、何カ月も時間がかかる上に記入間違いや確認ミスが付き物でした。このプロセスを電子化すれば、数秒単位で正確なチェックが可能になります。
また、エストニアの国会では議題を事前にデジタル上で配布することで、審議の時間を数分の一に短縮するなど、意思決定の大幅なスピードアップ化を果たしています。

国家の電子化がもたらした“本当の価値”

国家レベルでこれだけの電子化を実現できた背景には、エストニアが1991年に旧ソ連から再独立を果たした若い国だということが関係しています。人口はわずか130万人、大きな資源や産業のない小国の若者たちが、国の仕組みをゼロから作り上げる必要に直面したときに浮かび上がったのが、旧ソ連のIT開発拠点として培ってきたノウハウを活用し、インターネット網を国土に張り巡らすことで行政の機能を行き届かせるという構想でした。

とはいえ国民もそのメリットを最初から理解していたわけではなく、2001年にインフラが完成して、05年にインターネット選挙が初めて実施された時点で、オンライン投票の利用率はわずか1%以下。その状態から徐々に、海外にいる場合や体が不自由な場合でも投票所へ行かずに投票ができ、納税もできるなど、利便性と安全性が少しずつ評価されていったわけです。
並行して、国民のITリテラシーを向上する取り組みも行われました。まだパソコンが高価だった90年代から政府と民間企業がコラボレートして、ほぼ無料でパソコンの講習を実施し、すべての学校にパソコンを導入するなどしています。

このような話をすると、人同士が対面してコミュニケーションを図る機会が失われるのでは、という危機感を抱く方がいらっしゃいますが、しかし結果は逆でした。電子サービスによって市役所や銀行へ出向く必要がほぼなくなった一方で、そのために車を利用する機会が減り、昔ながらの街並みや公共スペースをそのままの姿で保ちやすくなったのです。
一方で、電子化によって銀行のATMがなくなったかというと、そんなことはありません。現金はいまなお、割り勘での支払いや子どもへのお小遣いに使われていますし、銀行の店舗は企業PRなどのブランディングの場としてその役割を果たしています。

→ 次回  01 エストニア
⑥ テクノロジーで叶えた幸せな暮らし


リサーチメンバー
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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