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#03 徳島県神山町⑥ “何もないから面白い”というアートな発想

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
エストニア、デンマークに続く第3の訪問先は、国内外から移住者が相次ぐ徳島県の神山町。
“最前線の山里”を巡るリサーチを経て、地域づくりのキーパーソンことNPO法人グリーンバレーの大南信也さんにインタビュー。
アートプロジェクトがもたらした町の人々の意識の変化と、その先の展望に迫ります。(インタビュー後編)
▶前編 ⑤ アートという名の“未知との遭遇”
▶「Field Research」記事一覧へ

NPO法人グリーンバレー 大南信也氏インタビュー(後編)

「神山アーティスト・イン・レジデンス」について語る大南さん(右)と、大粟山の山中に点在するアート作品たち。イギリス人アーティストのスチュアート・フロスト氏による作品『おくり』(2点とも2014年)は、町の人々の手で修繕作業が進められていた。

この町にさまざまな変化をもたらすきっかけとなった「神山アーティスト・イン・レジデンス」ですが、第1回の開催は1999年。じつは、このときだけは美術館の学芸員の方にキュレーターとして参加していただきました。なにしろ、メンバの誰もアートのことがわからないわけですから。でも翌年からは、いわば“アートの素人”である我々だけで20年以上、このプロジェクトに携わっています。
その理由ですが、「何のためにアーティスト・イン・レジデンスを行うのか」ということを考えたときに、他の地域では外部の専門家が音頭を取って知名度の高いアーティストに来てもらい、話題性で集客につなげる取り組みがよく見られます。でも我々の目的はそうではなく、あくまで町の人たちが主体となり、アーティストと一緒に作品を作り上げていくこと。そこを明確にすることで、アーティストの側もアート業界の権威に対してではなく、しっかり町の人々と向き合って作品を制作してくれるようになる。

つまり、大切なのは立場や肩書きではなく、同じ人間同士として向き合っている状況なんだと思います。それが文化がまったく異なる外国のアーティストたちの心を動かし、移住という結果に結び付いた。彼らは決して神山を変えようと思って移住してくるのではなく、この場所で人々に愛されて健やかに育っていく何かを生み出したいと願っている。だからこそ、町の人々もその気持ちを素直に受け入れることができたんですね。
そしてその関係性が、神山へ新たな職能を呼び込む「ワーク・イン・レジデンス」の取り組みへとつながっていった。通常、移住者を増やすには地域に仕事があることが前提になりますが、そうではなく、あらかじめ“手に職のある人”に来てもらえばいいんじゃないか。この逆転の発想で、「この古民家はパン屋限定」というように、来てほしい人をこちらから指定し、さまざまな職種を呼び込んでいったのです。
さらには、その古民家再生の取り組みがSansan株式会社の寺田親弘社長との出会いにつながり、「Sansan神山ラボ」(記事④参照)をはじめとするサテライトオフィスの誘致へと実を結んでいった。だから、ここで起きていることはすべて、人と人のつながりが生み出した大きな流れの結果だということですね。

「Sansan神山ラボ」にて、庭のウッドデッキで思い思いの時間を過ごす社員たち。

神山流、未来を生み出す“アイデアのミキサー”

つまりこれは、小手先で集客につながるような新しいことを次々に打ち出していくのとはまったく違う次元の話でもあります。
僕はその仕組みをよく、ジューサーやミキサーに喩えるのですが……ミキサーというと、普通は上にガラスやプラスチック製の容器が付いていますよね。仮にこの部分がガラスではなく、町の人たちでできあがっているとして、誰かが思い付いたアイデアをグルグル攪拌することで、新しいプロジェクトが生まれると考える。つまり、新しい取り組みそのものが重要なのではなく、それを作り出す人々の仕組みをどう育んでいくかがポイントなんです。“新しいもの”は時代とともに必ず陳腐化していきますが、その枠組み自体を作り出す人がどんどん入れ替わっていけば、自然に混ざり合ったり反応したりして、常に“新しいもの”を生み出し続けていけるわけですから。

さらに重要なのは、その状況をコントロールしようとせず、混沌とした中から思わぬ形で何かが生まれてくるのを楽しむこと。そのワクワク感があればこそ、新しい人がどんどん入ってきてくれる。僕はこの仕組みこそが、いろいろなものを生み出し、文化や経済を回していく秘訣だと考えています。
だからこそ、面白そうだと思ったからやってみる「やったらええんちゃうん!」の精神が大切になる。そう考えている以上、それは“やらされていること”ではなく、一人ひとりにとって“自分事”になるんですよ。
よく「神山には、とにかく個性的で面白い人が多い」と言われますが、それはこうした積み重ねの結果として育まれてきたものだと思います。

“何もないのがクリエイティブ”という逆転の発想

このことを「創造的過疎」(記事⑤参照)の視点から考えるなら、外へ出ていく若者たちは、神山を「何もなくてつまらない」と感じている。彼らが「面白い」と感じるのは東京などの大都市であり、いろいろなサービスをお金で買うことができる状況です。その意味で神山には「何もない」けれど、だからこそ、自分で面白いことを見つけ出したり、創り出していくしかない。そしてそれは、じつはとてもクリエイティブなことかもしれない。現にそれを「面白い」と感じて、神山へ移り住んでくる人たちがいるわけですから。
もう一つのポイントは、町のサイズが小さく、一人ひとりの顔がよく見えること。東京は人が集中し過ぎて、個性のある人が多くても埋没しがちです。でも神山の場合は「今日はこんな人が来ているらしい」という話がすぐに出回って、「この人に会わせたら、面白い話につながるかもしれない」というつながりがすぐに生まれる。これまで何もなくて不利だと思われていた環境が、逆に武器になるということですね。

数字だけを見るなら、現時点の移住者数は神山町の移住交流支援センター経由で134名(※1)。ここには友達や親戚を頼って移り住んだ人は含まれていませんから、実際はもっと多くなるでしょう。そして、メディアによく取り上げられるのは2011年に人口の転出を転入が上回った出来事ですが(※2)、でもそれは瞬間風速的なものにすぎません。人口減少を現実として受け止めながら、数にとらわれずに中身を変え続ける。そのために、人と人のミキサーの仕組みを回し続けていくことが、何よりも大切だと考えています。

(※1 2018年10月時点)
(※2 2011年度、神山町からの転出者139人に対して転入者が150人となり、それまで減少を続けてきた社会動態人口が町の制定から初めて増加に転じた。出典:神山町公式サイト「人口と世帯数」)

人々の想いを受け継ぐ“記憶の図書館”

最後に大南さんは、大粟山に点在する「神山アーティスト・イン・レジデンス」の展示の中でも、自身が最も好きだという作品へと案内してくれました。その作品とは、12年の招へい作家・出月秀明(いでつき・ひであき)氏による作品『隠された図書館 Hidden Library』。町の住民だけが鍵を持ち、それぞれの人生の中で“卒業・結婚・退職”などの節目に読んでいた思い出の本を預けることを許される。町の人々が記憶を共有し、その想いを受け継ぐための場所ーー。森の中に静かに佇む空間で、大南さんにこれからの展望を尋ねました。

神山町がめざすべきゴールはどこにあるのか……よく聞かれるのですが、僕にはわかりません。ただ、思い浮かぶのは世界遺産として有名なバルセロナの「サグラダ・ファミリア」のイメージかな。100年以上前にガウディが建設を始めてからつい最近まで「いつ完成するかわからない」と言われてきた建物ですが、それでも人々は自分たちの子孫のためを思って力を注いできたわけです。それは、神山の街づくりも同じこと。小さな営みを丁寧に積み重ねていけば、しっかりと揺るぎないものができあがる。でも、急いで作られた中途半端なものは、長持ちせずに壊れてしまう。時間がかかると思ったことが、じつは何よりも近道になるということですね。

この作品にしても、「この本棚を埋めるには何年必要で、何千冊になる」という見方をしてしまうと、途端につまらなくなってしまう。そうではなく、1冊ずつに込められた気持ちに想いを馳せること。費用対効果やアート作品としての評価よりも、もっと人間の本質につながる問いがここにはあると思います。
「神山アーティスト・イン・レジデンス」が20年以上続いてきたなかで、外に設置されたアート作品の多くが朽ちてきて、少しずつ自然へと帰りつつあります。でもその一方で、そこから生まれた人のつながりはさらに大きく膨らんでいく。だからやっぱり、長い目で見ること。それが、地域づくりにとって最も大切なことだと思います。


→ 次回  03 徳島県神山町
⑦ 「アート×街づくり」で導く日本の未来


リサーチメンバー (徳島県神山町取材 2018.10/1〜2)
主催
井上学、林正樹、竹下あゆみ、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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