#03 徳島県神山町② 移住と交流が育むコミュニティの姿
いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
エストニア、デンマークに続く第3の訪問先は、国内外から移住者が相次ぐ徳島県の神山町。
1軒の古民家ビストロを出発点に、ITベンチャーのサテライト拠点や新たなコミュニティの動向をリサーチ。山間部の町で起きつつある、さまざまな変化について探っていきます。
▶前編 ① アートとIT企業が集う“最前線の山里”
▶「Field Research」記事一覧へ
新しい町のあり方を、神山町で考える
日本各地で“地方消滅”の危機が叫ばれるなか、移住者やIT企業の拠点開設が相次ぎ、大きな注目を集める徳島県名西(みょうざい)郡神山町。各国からアーティストを招聘する「神山アーティスト・イン・レジデンス」や、IT企業の拠点を呼び込む独自の取り組み、その背景にある思想を探るべく、この小さな山里を訪れました。
その手はじめに、2013年に東京から現地へ移り住み、地域や環境のための活動にも精力的に取り組んでいる齊藤郁子さん(記事①参照)のお店を訪問。「東京での“ブロイラー”生活から、神山の野山で自由に生きる“野鳥”をめざして奮闘中」と語る彼女がオーナーを務める古民家ビストロ「カフェ オニヴァ(Cafe on y va)」を起点に、神山町の魅力を解きほぐしていきます。
食とワーク&ライフスタイルの実験の場「カフェ オニヴァ」
「カフェ オニヴァ」は神山町役場のほど近く、伝統的な古民家の風情と大きなガラス窓が目を惹くモダンなデザインが融合した、古くて新しい佇まい。築150年以上、元は造り酒屋だった建物を改装し、2013年12月にオープンしました。
アンティークのシャンデリアが輝くシックなインテリア、地元のオーガニック食材を使ったフランス家庭料理、こだわりの自然派ワインに、絞りたての山羊のミルクで作ったチーズまで……。日本広しといえども、自然豊かなロケーションでここまで研ぎ澄まされた美食体験ができる場所は、他にはあまりないでしょう。しかし、この店の本質はもっと別のところにあると齊藤さんは話します。
元は造り酒屋だった古民家を改装した「カフェ オニヴァ」。地元の食材を使った料理を通して町内外の人々をつなぐ場を提供する一方、スタッフ自らが新しい働き方や暮らし方に取り組む実験の場でもある。
齊藤さん「店名の『オニヴァ(on y va)』は、英語でいえば『let’s go!』、『さあ行こう!』という意味。この場所で新しい暮らし方を追求していこうという気持ちを込めて、無理なく長く続けていくための実験を私たち自身も重ねているところです。その一つが、働き方。現在のスタッフは私を含めて女性2名と男性2名。それぞれ移住して5〜6年目になりますが、いまは休みを週2日から3日に変えて、土・日・月・火曜の夜だけの営業になりました。休暇は夏に1カ月半、冬に3カ月と、1年のうち半分近くを休んでいます。その理由は、ここにいるとやりたいことや遊ぶことがたくさんあって、ぜんぜん時間が足りないから。畑もやりたいし、山の手入れにも時間がかかるし、覚えたいことがたくさんある。だから、利益よりも自分たちの時間を作ることに決めたんです。店の休みを週2日から3日にしたときも、売り上げが下がるのと同時に固定費が減って、利益は変わらないことがわかりました。ショップカードや名刺など宣伝にお金をかける代わりに、月に1度でも来たいと思ってくれるようなファンを一人ずつ増やすことに力を注いでいます。
つまり、これまで当たり前だとされてきた方法以外にも、やり方はいくらでもあるということなんです。例えば、ここでのお支払いはお金だけでなく、薪で払うこともできます。『カフェ オニヴァ』では調理や暖房などに必要なエネルギーの大半を薪ボイラーで賄っており、山から切り出した間伐材を薪に使うことで、神山の山々を守る一助にしたいと考えています。
東京の暮らしではお金を払って他人のアクションを消費していたけれど、ここでは自分でアクションを起こすことで、生活のすべてが“自分事”になっていく。やればやるほど創意工夫を深めていく必要が出てきて、それが大きな喜びになるんです。そんな気づきや発見につながる神山ならではの場所へ、ご案内しますね」
伝統家屋で4K・8Kの映像事業を営む「えんがわオフィス」
齊藤さんとともに、「カフェ オニヴァ」のはす向かい、広い敷地に建つ立派な古民家へ。1階は全面ガラス張り、そのまわりに広い縁側を巡らせたこの母屋は、東京でテレビをはじめとする放送や映像配信のシステムを手がける株式会社プラットイーズが2013年に開設した「えんがわオフィス」。
築90年の古民家を改装した母屋には、思い思いの場所で仕事をする人々の姿が。オフィスとは思えない開放的な環境ながら、東京の本社が災害などで機能停止に陥ったとしてもサービスを継続できるよう、データとシステムのバックアップを担う重要な機能を担っています。
また、同じ敷地内に建つ蔵は、4K映像の制作・編集を行う「蔵オフィス」。その並びに建てられたソリッドな佇まいの「アーカイブ棟」は、番組映像などのデジタル化やサーバーでの保管を行うための施設です。
株式会社プラットイーズによる「えんがわオフィス」。上から順に、広い縁側を持つ母屋、映像編集を行う「蔵オフィス」、新設された「アーカイブ棟」。
齊藤さん「広い縁側はスタッフと地元の人たちとの交流の場にもなっていて、まさに『暮らすように働く』という言葉がぴったり。神山の人々の写真や映像をアーカイブして未来へ受け継ぐプロジェクトや、地元の雇用を生み出すなど、地域に根差した活動を展開しています。『カフェ オニヴァ』ともご近所同士、すぐにでも行き来できる距離感が楽しいですね」
人々に愛される、町の大切な憩いの場「劇場寄井座」
続いて齊藤さんは、「えんがわオフィス」の敷地に面した昔ながらの佇まいを残す大きな建物へ。古民家をリノベーションした「えんがわオフィス」の外見とは対照的に、トタンの波板など所々の補修の跡が、古くから大切に使われてきたことを物語っています。
ここは、神山町に江戸時代から伝わる「阿波人形浄瑠璃」の芝居小屋として1929(昭和4)年に建てられた「劇場寄井座(よりいざ)」。その後、神山町で唯一の劇場として60年代初頭までは演劇や映画などが上演されていました。長らく閉鎖されていたものの、持続可能な神山の地域づくりに取り組むNPO法人グリーンバレーの手で再び整備され、2007年に約半世紀ぶりの復活を遂げました。現在では「神山アーティスト・イン・レジデンス」の作品制作やインスタレーションの展示会場、ダンサーの練習場所、住民たちのヨガや映画上映会など、多様な目的に対応するパブリックスペースとして利用されています。
「劇場寄井座」。天井を埋め尽くす近隣の広告看板など昔ながらの佇まいを活かしながら、アート作品制作からレクリエーションまで、自由な使い方が可能なパブリックスペースとして生まれ変わった。
齊藤さん「ここは、誰でも自由に使える場所。都会に住んでいるとどうしても家と仕事場の往復になりがちだけれど、みんなで思い思いに集まることのできる場所があるのは、とても豊かなことだと思います。天井には一面、このあたりの家やお店の広告看板がマス目ごとに描かれていて、“自分たちの場所”という愛着が感じられる。私の大好きな場所の一つです」
→ 次回 03 徳島県神山町
③ すべてが“自分事”になる豊かな暮らし
リサーチメンバー (徳島県神山町取材 2018.10/1〜2)
主催
井上学、林正樹、竹下あゆみ、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
このプロジェクトについて
「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。
2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。
その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。