実は深刻な避難生活の「におい」問題。解決を目指すプロダクトを、被災経験者はどう見た?
「口が裂けても『くさい』なんて言えない」
「くさいとか、もう関係ないんです。全員くさいし。そんなこと言ってる場合じゃない」
これは、東日本大震災の被災地を経験した方がおっしゃっていた言葉です。
あまり話題になることはありませんが、地震や豪雨などの自然災害に見舞われた被災地では、実は「におい」が、避難生活で感じるストレスの一つの要因になっていることをご存知でしょうか。
水害の発生した地域であれば、汚泥の持つ独特のにおいが鼻を突き、津波などで魚が打ち上げられてしまったエリアであれば、時間の経過とともにそれらが腐り、悪臭を放ちます。また、避難所では風呂やシャワーを使えないことがほとんど。そのため、人の汗のにおいも、だんだん気になるようになってしまうのです。
しかし、「におい」の問題は、人の命を奪うものではありません。我慢しようと思えば、我慢できてしまいます。だからこそ、これまではあまり問題視されず、解決策も生み出されることはありませんでした。
被災地で心をじわじわと蝕む「衛生ストレス」を解決する
でも、被災地でのくらしは、永遠にそのままではありません。
災害に遭い、一時的にいろいろな生活機能が制限されてしまう避難所ぐらしをしたとしても、復旧作業が進めば、少しずつ日常を取り戻し、いつもの生活に戻っていくはずです。
後のくらしにスムーズに接続していくためにも、被災から復興への過程の中で多くの方が感じる課題やストレスは、なるべく解決したほうが良いと私たちは考えています。
そこでこのプロジェクトでは、被災するまでは当たり前にできていた衛生行動ができなくなることで生じる避難生活での「衛生ストレス」に着目。特に「におい」の問題に焦点を当て、避難所が少しでも過ごしやすくなるようなプロダクトの開発に挑戦しています。
▼参考記事
「避難所の衛生ストレス解決」プロジェクト最終年度がスタートしました! |UCI Lab.
「普段の生活で使える」を意識して企画した4つのプロダクト
プロダクトを開発する上で大切にしているのは「日常との接続」です。
防災用品としていくら便利な道具を用意しても、被災時は頭や心が落ち着かず、普段触れたことのない製品を使いこなすのは難しいものです。
だからこそ、私たちは災害発生時にのみ役立つプロダクトではなく、毎日のくらしの中で役立ちながら、避難生活でも大きな価値を発揮するプロダクトをつくろうと、約2年の時間をかけてリサーチや検討、企画を進めていきました。
その結果、パナソニックと京都工芸繊維大学の櫛勝彦研究室、UCI Lab.の三者が共同で開発したのが、この4つのプロダクトです。
4つのプロダクトは、櫛先生の指導のもと、6名の学生の皆さんによって制作されました。昨年版のプロトタイプによるフィールドワークで得た現地の声を踏まえて、再度試行錯誤の末に生み出されたものです。果たして、これらは本当に被災地のニーズを満たし、日頃から使える製品になっているのか。
この問いを検証すべく、私たちは2023年9月20日(水)より、福岡県大牟田市と八女郡広川町にてフィールドワークを行いました。
「すごくワクワクする」 大牟田市で支援者が語った試作品への期待
今回訪問した福岡県大牟田市と広川町。どちらも豪雨災害に見舞われた被災地です。大牟田市は「令和2年7月豪雨」で市内の広範囲が冠水。広川町は「令和5年7月豪雨」で被災し、今もなお復旧作業が続いています。
大牟田市では、東日本大震災の被災地でも避難者の支援を行った経験があり、防災にまつわる活動を手がけている「つなぎteおおむた」の彌永恵理(いやなが・えり)さんを訪問。プロダクトの試作品を実際に触っていただきながら、率直な感想をお聴きしました。
「今回、私、すごくワクワクしています!実用できるものになってほしい」「使う人のことがよく考えられていますね」と、パッと明るい笑顔で、試作品を触ってみた感想を話してくださいました。
消臭保冷バッグに関しては、「このアイデアにたどり着いたのがすごいと思う」と満面の笑みで大絶賛。匂いを気にせずに物を運べるバッグであれば、日頃の買い物や交通機関での移動にも大いに役立ち、「おもしろいアイデア」だと褒めていただきました。
また、組立消臭クローゼットに関しても、組み立て方が分かりやすく普段使いしやすいのはもちろんのこと、実際の被災経験から消臭効果に期待したいとの感想が。さらに即席消臭コーナーについては、避難所に集まった人と声を掛け合い、お互いに良好なつながりをつくりながら避難生活を営むきっかけになると、実際の避難所を知る方ならではの観点でコメントをいただきました。
「くさいと言ってる場合じゃない」 被災地で実は深刻なにおいの問題
そして、彌永さんは、被災時に感じていた「におい」にまつわる実際の悩みやエピソードをいろいろと教えてくださいました。
例えば避難時や災害ボランティアを行う際は、身につけているTシャツを洗うことができないため、とてもくさくなってしまうのだそうです。
「くさいって言ってはいけないんですよね。申し訳なくて」
そう話し始めた彌永さんは、ご自身が感じる今回のプロダクトの意義をこのように語ってくださいました。
「被災生活の中では、本当にいろいろなにおいを感じることになります。でも、それは仕方がないことで。くさいとか、もう関係ないんです。全員くさいし。もう『くさい』って言ってる場合じゃない。髪も洗えないし、身体も洗えないから、みんなで“くさい”から平気になってしまっている部分がある。だからこそ、においが取れる今回の製品には意味があるのだと思います」
「汚泥やカビのにおいが気になる」水害発生地ならではの悩み
福岡県八女郡広川町では、広川町社会福祉協議会の江口信也(えぐち・しんや)さんに、実際の被災状況について詳しくお話を伺いながら、試作品を見ていただきました。
7月10日の豪雨災害で、住宅の全壊が4件、床上浸水144件、床下浸水110件と、大きな被害を受けた広川町。被災直後は公設避難所が4カ所開設され、自主避難所も自治会ごとに19カ所設置されました。
江口さんは今回の水害で、比較的短期間で避難所生活を終えて自宅に戻っていく町民が、ホコリとカビを原因とする「においと衛生」の問題に直面していることを大きく課題視したと言います。
「気になったのが汚泥やカビのにおいです。湿気のにおいというか。濡れた畳とか、濡れたタオルとか、そういうものが結構においを発するんですよね。そういったにおいを除去する、改善するというのは大切なので、乾燥と一緒に対策ができるといいなと思います」(江口さん)
また、ボランティア活動においても、においが気になる場面は多々あると教えてくださいました。
広川町でも、試作品への前向きな反応が。
江口さんにも、今回開発したプロダクトの試作品を見ていただくと……
実際の被災現場や現場で使っていた衣類などの物品で、今回の試作品を使ってみたいとの言葉をいただくことができました。
そして、江口さんからはこんな言葉も。
「においを感じるシーンって、災害支援の中で結構あって。ただ、現場で『におうね』って言えないじゃないですか」
「我々も正直、こういう現場にいると、においに対してもこれが当たり前なのかなと思ってしまうことがあるんですよね。(今回のようなプロジェクトで)連携ができたりすると、おもしろいですね」
江口さんからいただいた感想は、彌永さんの言葉にも通ずるものがありました。被災地ではにおいの問題を気にしてはいるものの、急を要するものではないため、我慢している現状があることを実感することができました。
広川町からはプロダクトの試作品を使った実証実験への前向きな言葉をいただいたため、今後は実際に被災地で製品を使い、その効果を検証していくことになります。実証実験の結果については、また実験を行うことができ次第、noteでお知らせしていきたいと思いますので、ぜひチェックしていただけましたら幸いです。
まとめ
今回のフィールドワークでは、私たちの取り組みへの想いそのものも評価いただき、2つの被災地からはありがたいことに大変良いフィードバックをいただくことができました。
こうした結果を得られたのは、ひとえにこれまでの活動の積み重ねがあったからこそだと、私たちは捉えています。
そこで、今回のプロジェクトの良かった点や課題点はどこにあるのかを改めて振り返るべく、次の記事ではプロジェクトを主導するUCI Lab.所長の渡辺隆史と、プロジェクトの初期の頃からさまざまなサポートをしてくださっている防災士の宮本裕子さんにインタビューを実施しました。まだ最終的な商品化まで辿るべき道が控えていますが、今日までのプロジェクトを赤裸々に振り返ったインタビュー。ぜひご覧ください。
(UCI Lab. 広報担当)
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