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【資金調達だけじゃない。経営センスを磨きたいスタートアップ企業の方へ】『ざっくり分かるファイナンス』の読みどころ紹介

企業活動とファイナンスは切っても切れない関係にあります。皆さんの中にも、仕事で毎日ファイナンスと向き合っている方がいるのではないでしょうか。

一方、これまでファイナンスに接する機会があまりなく、実はよく分かっていない、というビジネスパーソンの方も少なくありません。あるいは、スタートアップ経営者や経営メンバーとしてファイナンスに携わるようになったものの、いまだに苦手意識を持っている方もいると思います。

そんな方々におすすめしたいのが、『ざっくり分かるファイナンス 経営センスを磨くための財務』です。

ファイナンスの習得に必要以上の時間とお金は不要

タイトルから想起されるように、本書はファイナンス初心者向けに、分かりやすさを徹底的に追求しているのが最大の特長です。サブタイトルに「経営センスを磨く」とあるので、経営者や経営に携わる方、将来経営に携わろうと考えている方を対象読者としているのかと思いきや、財務やそれに関連する部署の方、あるいは新入社員にとっても多くの学びがある内容となっています。

著者の石野雄一氏は、旧三菱銀行に新卒で入行し、10年勤務したのち、アメリカのビジネススクールでMBAを取得。その後、日産自動車に就職してカルロス・ゴーン元CEOのもとでキャッシュマネジメントやリスクマネジメント業務に携わります。独立後は財務戦略コンサルタントとして活動し、執筆当時は外資系コンサルティング会社のブース・アレン・アンド・ハミルトン(現・PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング)でコンサルティング活動に従事しています。

著者は自身のキャリアを振り返り、「数字と格闘してきた15年間」と形容しています。銀行員時代に簿記に挫折し、100冊以上の書籍を読み漁るものの、その難解さに苦労します。しかし、ビジネススクールや日産での経験を経て、ようやく「あれ? ファイナンスって、実際にビジネスで使えるんだ」と実感したそうです。

あなたは、私のように、ファイナンスの習得に必要以上の時間とお金をかける必要はありません。(中略)ファイナンスはあくまでもツールです。たいせつなことは、このツールを使って何をするか、社会に対してどう価値提供をしていくかです

自分が悪戦苦闘してきたファイナンスだからこそ、誰もが簡単にビジネスに使えるツールとして提供したい。本書のコンセプトには、著者のそのような想いが込められているように感じます。

会計は「利益」を扱い、ファイナンスは「キャッシュ」を扱う

本書は全6章で構成されており、会計とファイナンスの違いや、ファイナンスとは何か?といった基本的な解説から、お金の価値や会社の値段に関する考え方、そして投資の判断基準や資金調達の方法まで、「ざっくり」と言いながらも決してうわべをなぞるだけではない、かなり実践的な内容が記されています。

第1章 会計とファイナンスはどう違う?
第2章 ファイナンス、基本のキ
第3章 明日の1万円より今日の1万円?お金の時間価値
第4章 会社の値段
第5章 投資の判断基準
第6章 お金の借り方・返し方

ファイナンスの具体的なノウハウやナレッジは本書にたっぷりと書かれていますので、実際に手に取ってお読みいただくとして、本記事では面白かったポイントをいくつか絞って紹介します!

はじめに前提として、第1章に書かれている「会計」と「ファイナンス」の違いについて軽く触れておきましょう。

本書では、両者の1番の違いを、「会計は“利益”を扱い、ファイナンスは“キャッシュ”を扱う」と説明しています。利益とは簡単に言えば、売上から諸費用を引いたもの。実際のキャッシュ(現金)の出入りに関係なく、商品・サービスを販売したり仕入れた時点で決算書に記載されます。一方、キャッシュは実際に入金や支払が行われた時に企業の預金残高に反映されるもの。このお金の流れが「キャッシュフロー」と呼ばれるものです。

著者は、「会計とファイナンスとでは、対象となる“時間軸”が違います」と述べます。会計が扱うのは、「あくまでも企業の“過去”の業績」であり、ファイナンスが扱うのは「“未来”の数字、すなわち企業が将来生み出すキャッシュフロー」なのです。

近年、ファイナンスが重視されるようになった背景には、「経営者は、常に“現在の投資”と“将来のリターン”のバランスをとる必要」に迫られているからだと言います。

ファイナンスとは、企業の意思決定を明確にするためのツール

企業がモノやサービスを作ったり、新しい価値を生み出すためには、機械や材料、人や場所、時間などにお金を投資しなければなりません。その点を踏まえて著者は、「事業活動とは何か、これを突き詰めて考えると、“何かに投資する”ということになります」と事業活動の本質を説きます。この投資に関する意思決定に大きく関わるのがファイナンスの主な役割になります。

本書ではファイナンスの役割を「意思決定に関わるもの」と定義し、「投資に関する意思決定(投資の決定)」と「その投資に必要な資金調達に関する意思決定(資金の調達)」、そして「運用して得たお金をどう配分するかという意思決定(配当政策)」の三つの意思決定が、ファイナンスが扱う重要な領域だと解説しています。

上記の三つの意思決定の目的は、「企業価値の最大化」です。著者は「“誰にとっての価値なのか”という議論は、残念ながらあまりされていないようです」と述べ、企業価値とは「投資家(=株主/債権者)にとっての企業価値」だと断言しています。会社に資金を提供してくれる投資家たちにとっての価値を高めるために、ファイナンスを使いながら意思決定を行うのが経営者の仕事の一つなのです。

ちなみに、株主は企業の成長性を重視するため、ある程度の負債を抱えてでも売上を伸長させることを求めますが、逆に債権者は企業の安定性を重視して負債を増やしたがりません。「両者にとって、“いい会社”“いい企業”の定義はそれぞれ違う」と書かれているように、同じ投資家でも求めるものが異なるので、両者に配慮することはもちろん、従業員への恩恵も含めて、適切に舵取りすることも経営者の手腕が問われる部分になります。

ファイナンスにおける「リスク」の考え方

本書ではファイナンスにおける重要な考え方がいくつか紹介されているのですが、その中でも面白かったのが「リスク」についての話です。

一般的にリスクという言葉にはネガティブなイメージがありますが、著者はビジネススクールの授業で「目からウロコが落ちるような経験をした」と振り返ります。ファイナンスの授業の時、教授が「危機」という漢字をスライドに映し出し、「リスクというのは、この“危機”という東洋の漢字が一番その本質を表しているよ」と説明したのだそうです。つまり、リスクとは、「危険と機会」の双方を含むものだということ。「プラスやマイナスの観点よりも、どちらかというと、何が起こるかわからない、将来の“不確実性”のようなものを表している」のがファイナンスで扱うリスクの本質なのだそうです。

そして、「リスクを避けることではなく、実際にリスクに見合ったリターンを上げているのか」を考え、「リターンサイドばかりに目を向けるのではなく、それを得るために、どういったリスクを取っているのかという、そのバランスに目を向けることが大切」だと述べています。

ファイナンスの理解に欠かせない、お金の時間価値

ファイナンスに関する意思決定には、常にお金が絡んできます。その際、もっとも重要な考え方だと強調されているのが、「お金の価値は、そのお金をいつ受け取るかで変わる」ということ。簡単に言えば、「明日のお金より、今のお金の方が価値がある」ということです。この「お金の時間価値」について、本書ではページを割いて詳しく解説しています。

例えば、いま現在の100万円(現在価値)と、1年後の100万円(将来価値)とでは、前者のほうが価値があるので、ファイナンスでは将来価値を現在価値に直すときには計算を用いた割引率を適用するとのこと。逆に現在価値から将来価値を求めるときは、収益率を掛けて計算します。

さらに、安心なお金はリスクがあるお金よりも価値があるので、リスクも割引率に反映されることになります。

将来価値、現在価値、割引率の三つは、ファイナンスの中でももっとも重要な概念です。これが理解できなければ、先に進むことはできません」と、この章は難しくても 繰り返し読んで理解することを著者はおすすめしています。

資金調達先は、事業リスクに合わせて変える

会社の企業価値を向上させる方法の一つとして、資金調達は非常に大きな役割を果たします。「自己資本(株式資本)だけでは動かなかったプロジェクトが、有利子負債を増やすことによって動かせるようになった、より大きなリターンを得られるようになった」という「レバレッジ効果」は、企業にとって大きな魅力です。同時に、レバレッジをかけた事業がうまく行かなかったときに損失額が膨らむというリスクを認識することも忘れてはいけません。

本書では、事業リスクに見合った資金調達を行うことの重要性を説いています。例えば、かつて存在したスタートアップ企業のハイパーネット経営者・板倉雄一郎氏の「ハイパーネットの倒産の原因のひとつは調達方法を間違えたことだ」という言葉を取り上げて、事業リスクが高いにもかかわらず、安定志向の銀行、つまり「リスクを嫌うお金」を調達することの難しさを解説しています。

自分の事業リスクが高いことを認識している経営者ならば、“リスクを好むお金”を入れる。具体的には、エクイティファイナンス(=株式調達)です。成長期にある企業であれば、ベンチャーキャピタルから資本を募るということも考えられるでしょう。このように、資本構成を考えるにあたっては、事業リスクにみあった資金調達をすることがたいせつです

ファイナンスの知識なくして、企業価値の最大化は実現し得ない

本書を読んで抱いた感想は、「ファイナンスは、会社経営の根幹を支える超重要なツールである」ということ。特に、色々とごまかしが利く会計上の「利益(過去)」よりも、将来的に企業が生み出す「キャッシュ(未来)」が企業価値を判断する指標として重視されるようになった今、ファイナンスの知識なくして企業価値の最大化は実現し得ないのではないか、とすら感じます。

なお、本記事では詳しく取り上げていませんが、例えば「損益計算書の仕組み」や「将来価値(FV)の計算式」、「WACC(加重平均資本コスト)の解説」など、専門的なファイナンスの領域についても、図版やたとえ話を用いて分かりやすく説明しているので、ファイナンスに携わる人が必要最低限学ぶべき知識を確実に身につけることができます。

ファイナンスの習得に悪戦苦闘した私が書いたものゆえ、つまずきやすいところが手にとるように分かる内容になっているはず」という著者の言葉が、まさにしっくりくる入門書ではないでしょうか。

ビジネスで課題解決や目標達成を実現するために、最短距離でファイナンスの要点を押さえたい。そんな方にはぴったりな一冊です。ファイナンスを学ぶなら、まずは手に取ってみて損はないと思います!


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