20241017 イラストエッセイ「読まずに死ねない本」029 サキ 短編集
今年はサキの生誕150年だそうです。
今日ご紹介するのは、短編の名手と言われたイギリスの作家サキの短編集なのですけれど、これはぼくが「読まずに死ねない本」ではありません。笑
「読まずに死ねない」と、グレアム・グリーンが言っている本です。グレアム・グリーンは「第三の男」などのミステリ作家ですが、ミステリ作家の枠組みを超えた、イギリスを代表する作家の一人です。
サキの短編はとても短くて三、四ページほど。ショートショートに近い長さです。
特徴はブラックユーモアと皮肉。イギリスの上流社会を悪意のある目で描きつつ、不気味さと幻想をスパイスに加えています。
あまりにも遠回しな皮肉なので、ぼくのような素直で善良な人が読むとちょっと分かりにくいし、毒が強すぎる感じです。笑
サキは同時代に圧倒的に支持された作家です。でも、普遍的かと言われるとちょっと賛同しかねる。不思議ですよね、ものすごく同時代的でありながら普遍性を持つ作品もあるのですけれど。
しかしながら、奇妙な味わいがあるんです。
古いお屋敷の古典の並ぶ立派な本棚にはさまっているのを偶然見つけて手に取ってみる。あるいは、老学者の専門書が並ぶ書庫に紛れ込んでいるのを見つけたとする。それがもしサキの短編集だとすると、蔵書の持ち主が急に謎めいて見えてくる。そんな作品です。ちょっと分かりにくい例えかな。笑
サキ自身がミステリアスな人なのです。
イギリス植民地のミャンマーで、軍人の家庭に生まれますが、母親が牛の角に刺されて死んでしまいます。その後厳格な叔母に育てられ、警察に勤めるのですが、マラリヤにかかり退職。その後帰国してジャーナリストになり、ヨーロッパ中を回り、かたわらに短編小説を書いて熱烈に支持されました。43歳で志願兵として第一次世界大戦に出征。狙撃兵に頭部を撃ち抜かれて死んだとされています。そしてサキはゲイだったと、白水社の文庫の解説にありました。だとすると、当時の時代状況から考えると大きな内なる葛藤を抱えていたと想像できます。
サキのプロフィールを読んでから作品を読み直すと、彼の皮肉、ブラックユーモア、ニヒリズムが理解できるような気がします。基本的に人間を信頼していないんですよね。イギリス文学の短編作家として有名なオー・ヘンリーの心温まる作風とは対極にあります。人間の闇を真正面に悲劇的に描くのではなく、ユーモアにくるまれている。それだけに闇の深さが際立ちます。ユーモアの背後に、絶対に姿を現さない本心があることを想像させます。でも、これも人間の一面だと言わねばなりません。
立派な人と言われている人の書庫にサキがあったら…そういう連想が働くというのはそういう意味です。
あと、獣に殺される話もよく出てくるんですけれど、サキが植民地生まれで母親が牛に殺されたということが大きかったんだと思います。
ロアルドダールも植民地での生活を経験しています。ダールの自伝「単独飛行」を読むと、当時、イギリス植民地人という人間の類型があったそうです。一言でいえば、自然児、風変わりな人間の類型です。
サキの登場人物、クローヴィスという若者は、一分の隙もない紳士の装いの内側に野生を秘めています。
そんなサキがあの悲惨な第一次世界大戦の塹壕戦をどう見たのか。興味がそそられます。そして狙撃兵に見つかるから、「そのクソ煙草を消せよ」と言った直後に頭を撃ち抜かれて死ぬなんてね。ちなみに、イギリス英語の「クソ」は「血まみれの」という意味の bloody という単語を使います。
作品よりも、サキという人物が一つの短編小説になりそうです。
「読まずに死ねない」ほど面白いとは言えませんけれど、何だか心にひっかかる不思議な作品集です。
ちなみにぼくは、白水社Uブックスの「クローヴィス物語」と「けだものと超けだもの」を読みました。
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