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「戦時の嘘」に描かれた戦争プロパガンダ①~序章

「戦争が始まるとき、真実が最初の犠牲者となる」

(Ponsonby;1928)

「嘘は、戦争においてはよく知られた、そして非常に役に立つ兵器である。すべての国は、自国民を騙したり、中立国の気を引いたり、敵を欺いたりするため、かなり意識的に嘘を用いる。各国の無知で純真な民衆は、欺かれている時点ではそれに気づかない。すべてが終わって初めて、あちこちで嘘が発見され、暴露されるのである」

(Ponsonby;1928,P13)

『戦時の嘘』とは

 これは、イギリスの貴族・政治家であるアーサー・ポンソンビー(1871~1946)の著書『戦時の嘘(Falsehood in Wartime)』の序章の一節である。同書は、第一次世界大戦中に各国が流したプロパガンダを収集した書物で、著者の母国イギリスの嘘が中心だ。

 戦争が起きれば、自国を優位にするために嘘が流布される。これについて異論のある人はいないだろう。1928年に刊行された『戦時の嘘』は、戦争プロパガンダを語る上での古典といえる著作である。

ポンソンビーの問題意識

アーサー・ポンソンビー

 おもに労働党で活躍した政治家だったポンソンビーは、第一次世界大戦中に登場した数々の虚偽情報や隠蔽に危機感を持ち、『戦時の嘘』を著した。戦争とは本来どのような手段を用いてでも勝たねばならないので、政府が自国・他国の国民を欺くのもやむを得ない、という意見もあるだろう。
 しかし、議会制民主主義が生まれた英国の政治家であるポンソンビーはそうは考えなかった。民主主義において、国の方針を決定するのは国民である。国民が適切な判断を下すには、正確な情報が知らされていなければならない。虚偽の情報に基づいて、あるいは知らされるべき情報が知らされないままに、国民が開戦を支持することはあってはならない。
 ポンソンビーにとって、戦時にばらまかれた嘘は民主主義の根幹を揺るがす深刻な病理であった。

国家が嘘を用いる理由

 ポンソンビーは、「嘘という兵器の使用は、国の成人男子が自動的に徴兵される国でよりも、徴兵制度がない国(志願兵制の国)の方が必要とされる」と述べる(Ponsonby1928,P14)。敵を悪魔化し、情熱をかきたてることによって、軍隊への志願者を増やそうとするのである。
 1914年8月4日、イギリスはドイツに宣戦布告した。陸軍省は19歳から30歳までの男性に入隊を呼びかけ、8月に約30万人、9月には約46万人が入隊した(戦前の英正規軍は約25万人であった)。(庄司2004)この間、政府は敵(特にドイツ)の残忍さを煽り、愛国心をかきたてる宣伝を展開する。国家権力だけでなく、一般大衆や知識人、新聞が自発的にプロパガンダを広めるのに協力した部分も大きい。とはいえ、戦争が長引くと志願への熱も徐々に冷めていき、1916年には徴兵制が導入されるのである。

(続きはこちら)

【本連載の主要参考文献】
Arthur Ponsonby ; Falsehood In War Time ,1928,Kessinger Publishing
佐藤卓己「現代メディア史」岩波書店、1998
小林恭子「英国メディア史」中央公論新社、2011
庄司智「第一次大戦期イギリスにおける兵士の志願―募兵プロパガンダの分析を通じて」2004
高橋章夫「戦争の『最初の犠牲者』―第一次世界大戦時のドイツ軍の残虐行為に関するイギリスのプロパガンダ」2012
木村靖二「第一次世界大戦」ちくま新書、2014
竹中亨「ヴィルヘルム2世」中公新書、2018

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