【書評】桜井万里子・本村凌二『世界の歴史5 ギリシアとローマ』(中公文庫)
いうまでもなく、ギリシアとローマは西洋文明の源流です。現代日本の制度や価値観は西洋に負っているものも多いため、間接的に私たちの源流であるともいえます。
とはいえ、空間的にも時間的にも遠いギリシアやローマの歴史を学ぶのはハードルが高い面があるのも事実です。本書は、そうした古代地中海世界の歴史を学ぶのに格好の入門書であると言えます。
長大な歴史を一冊にまとめているため、やや駆け足の説明になる感は否めません。しかし、印象的な逸話も多く織り込まれ、読者を飽きさせない工夫がされていると感じました。
ローマ時代の母と子の物語
例えば、共和制ローマ時代、護民官として民衆のための改革を試みたグラックス兄弟。
兄ティベリウスが反対派に殺された後、弟ガイウスは護民官に就任して兄の遺志を継ごうとします。
本書には、ガイウスに宛てられた母の手紙が引用されています。すでに一人の息子を失っている母は、もう一人の息子までも失いたくないと、ガイウスに自重を促しています。
母が子に注ぐ愛情は、いつの時代も変わらないのでしょう。しかし、母の悲痛な訴えにもかかわらずガイウスは改革を実行しようとし、兄と同様に非業の死を遂げました。
街角の落書き
紀元79年、ヴェスヴィオ火山の噴火によってポンペイの都市は壊滅。後世になって火山灰の中から遺跡が発掘されました。
住宅や公衆浴場などの建物跡、美しいモザイク壁画が貴重なのはもちろんですが、印象に残るのは町の各所に残された「落書き」でした。短時間のうちに火山灰に覆われたため、壁の落書きまでも千数百年にわたって保存されたのです。
当時の人の価値観をうかがわせる情熱的な独白の他に、こんなものまであります。
「もてない男」が揶揄われている落書きにはつい笑ってしまいますね。
こうした卑近なエピソードからも、変わらない人間の営みを見る思いがします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?