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「あなたのためを思って」は宣戦布告と取っていい ストラテラ服用日記834日目

昨日のツイートで反響が大きかったので少し詳しく書いていこうと思います。
昨日のツイートはこれ。


よく聞くフレーズでもある「あなたのためを思って」。
なんどか今までも言及したことはあったのですが、改めてこの言葉を考えてみたいと思います。

言い換えると、「私の価値観をあなたに強要しようと考えています」になると思う。それをあたかも自分の善意を受け取らないあなたが悪いというニュアンスで言ってくること、ここからも強烈な違和感を感じます。
被害者面して相手をコントロールしようとするのはカバードアグレッションと呼ばれる人が良くやる手法の一つです。
相手に罪悪感を受け付けて自分の価値観を強要するのは卑怯なやり方と言ってもいい。

価値観を強要するのは、本来自由に動けるはずの自我の境界線の中に入っていこうという意識の表れ、「貴方は間違ってる、私は正しい」だから「私の価値観に従いなさい、罪悪感を感じるならなおさら私の言い分を聞きなさい」、こう言ってるのだと思う。

こうやって書いていくと、この言葉の不条理さが明確になってくる。

一旦、ここで受け入れてしまうと少しずつ相手はあなたの境界線を越えてくるようになる。2回目は1回目よりも簡単に入ってくる。
それを知っていて「あなたのためを思って」というフレーズを使っている。つまり、この言葉を使ってこれから先もあなたを私の価値観に閉じ込めようという意思表示の言葉にもなる。

なので、このフレーズは「宣戦布告」と捉えていいと考えている。
親・兄弟・先生・上司・同僚・友達、どんな相手でもこのフレーズをつかってきたら、脳内でアラートを出して防衛戦線を張る必要があると考えて欲しい。

少し話はずれるが、人が一番暴力的・凶暴になるのはどんなときかご存じだろうか?
実は悪いことをしている時ではない。罪悪感とか良心の呵責は凶暴性にブレーキをかける。
正義感が一番凶暴にさせる。自分がしてることが正義で正しいことだと信じている時に、人は一番暴力的になる。

このフレーズも自分が正しいと思い込んで発しているからたちが悪い。
相手は自分の正しさを疑っていないので、あの手この手で相手の価値観の中に自分を閉じ込めようとしてくる。自分を信じているからこそ、迷いもないし、卑怯な手を使うことにためらいがない。

だからこそ、こちらも相手のいうことを真に受けずに冷静にすべてはじき返すようにする必要がある。
あえて敵対しなくてもいい。「あなたの価値観はそうなのね。私は違うけど。」というスタンスで十分だと思う。

大切なのは、飲み込まれないこと、自分の境界線の中に相手を入れないことだ。

ごくまれに、「あなたのためを思って」を真心から正論として言ってくる方もいる。ただし、そういった方は先ほど言った「私は違うけど」というスタンスを出しても怒ったりしない。あらそう、なら好きにしたらいい、ぐらいの返答があるだけだ。

自分の思い通りにコントロールしようとしてくる人は、はじき返すと怒り出す、もしくは悲しい顔をして罪悪感を植え付けようとしてくる。そこで相手の本音が見える。
結局は自分の都合のいいようにしたいだけで、こちらのことを尊重する気は全くない。

「あなたのためを思って」このフレーズを聞いたら、全力で自我境界線を守って欲しいと思います。

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