見出し画像

分かり合えるという幻想 ストラテラ服用日記768日目

以前にも言ったように発達障害同士だからといってポリシーが一致するわけではない。悩みを共有することは可能だ。

発達障害同士に限らず、人間は分かり合えるという幻想に取り憑かれている方が一定数いる。

逆説的だが、分かり合えると思っていると分かり合うことは無いと思う。分かり合えないというスタンスからお互いを知ろうとすると分かりあえたりすることがある。

皆さんにも経験があるのではないだろうか?
自分のつらいことを語ったとき(つらいことに限らず、経験とか感情とかを語ったとき)に、「わかる〜!」と言ってもらえたのだけど、それに対してイラッとしたり、違和感を感じたこと。
※因みにオープンダイアローグでは安易な「分かる!」は禁句に近い。

悩みを共有できるし、同じような経験もしたことがあると思うが、かといって簡単に分かると言ってしまうのは相手に対するリスペクトがないように感じる。


相手に対するリスペクトがあれば、軽々に分かるとも言えないし一歩引いたスタンスになると思う。

先程の例で言えば、分かり合えないと思うことで同じように一歩引いて話をするようになる。相手の中に入るのではなく客観的に見れるようになってより深く相手を知ることができることがある。

そういったところで、お互いを知る対話ができていくのかなと思う。


発達同士で分かり合いたいと思う気持ちは痛いほど分かる。
が、人はそんな簡単にわかり合えない。残念ながら。

分かり合えないと認めて相手をリスペクトして対話することで分かり合うきっかけがつかめるかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?