ウクライナ
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ともmusicwriter

ウクライナにとって11月の第4土曜日はホロドモールの犠牲者達を追悼する大切な日。ホロドモールとは、1932〜33年にかけてスターリンがウクライナ人達に仕掛けた飢餓の強制による大量虐殺のこと。これにより、約400万人の人々が殺された。

ホロドモールについては、ウクルインフォルム紙の日本語版が詳しく書いている。記事はこちら

何年か前に自分がホロドモール犠牲者追悼式典に参加した際に、ウクライナ正教会の司祭さんが話してくれたことがある。彼は個人的にホロドモールの生存者を知っている。老齢を迎えた女性の子供時代の話だった。

冬の寒い朝に彼女が目覚めた時に、隣で寝ていた妹が栄養失調で衰弱死していた。母親が家の近くに遺体を埋葬したが、彼女は怖くて埋葬を手伝えなかった。そして、老齢になっても妹の埋葬を手伝わなかった罪悪感が消えず、誰にも話せなかったという。「子供が怖がるのは当たり前のことで、自分を責める必要はない」と司祭は彼女に伝えたという。

「なぜ世界はホロコーストについては語るのに、ホロドモールについては語らないのか?」と憤る人もいる。それには、その凄惨さから、思い出すこと、語ることが生存者達にとってあまりにも辛すぎたという側面もあるのだという。

戦争は遠い日の出来事ではなく、今もまだウクライナ東部ではロシアとの戦争が続いている。2017年にウクライナのリヴィウを訪れた時に自分もその一端を見た。

リヴィウはウクライナ西部にある世界遺産の街だ。歴史的な建造物が立ち並び、カフェの街としても知られている。英語も日本語も通じないが、観光客の自分を現地の人達は親切に道案内してくれた。

リヴィウの観光地の一つに、世界一美しい墓地として知られるリチャキフ墓地がある。そこには東部戦線で戦死した兵士達の墓もあった。若者達が多く、中には10代の子もいた。

ウクライナ人の司祭が語っていたことを思い出す。

「私達はウクライナ人だけでなく、ロシア人のためにも祈らなければなりません。なぜなら、私達と同じように、彼らもまた愛する家族を戦争で亡くしているからです。」

ウクライナとロシアの教会の関係も良好とは言い難い。日本が戦争に巻き込まれた時に彼と同じことを言うのは自分には無理だ。

ウクライナと日本は原発事故の悲劇を経験している。両国とも被爆国だ。そして、自分に英語のライティングを教えてくれた恩師は、母方のルーツをウクライナに持つイギリス人だった。生前、イギリスに帰る前に、ナターシャ・グジーのコンサートで買ったウクライナの刺繍をプレゼントしたらえらく喜んでいたのを今でも覚えている。

日本で入院していたが、最期はイギリスで迎えられた。その後、会ったこともない彼女の親戚が、わざわざ自分に手紙を送ってくれた。故人との親交に心から感謝すると。そんなこともあってか、ウクライナの人々が理不尽に苦しめられているのを見ると悔しく感じる。

NATOやアメリカはウクライナを使ってロシアと戦争をしたがってるように見える。まるでかつてのソビエトから追い出されたボルシェビキ・アシュケナージの怨念に突き動かされているかのように。ロシア革命という言葉に自分は違和感を感じる。それを言うなら、ボルシェビキ・アシュケナージ共産党革命と呼ぶべきだろうと。

アメリカなどの、いわゆる西側と呼ばれる国々に、どれだけのボルシェビキの末裔達が入り込んでいるかを見れば、そこに末代までの呪いを見ることができる。それに、あの戦争屋のマケインや、自分の息子への汚職の捜査をやめなければ援助をやめると脅したバイデンが、ウクライナの未来を気にかけているなどありえない。かくいうゼレンスキー大統領もアシュケナージだ。

NATOやアメリカのロシアに対するやりようを日本に置き換えて例えるなら、日本の国境手前ぎりぎりで中国が軍事演習を繰り返し、日本の領土内で自衛隊が警戒にあたることを「挑発行為」と非難するようなものなのだ。

ベラルーシとポーランドの国境線にいるイラク難民を「ハイブリッド戦争」と呼ぶなら、アメリカ南部国境線に押し寄せている多国籍(南米以外の国も含む)の難民達にも同じ表現を使わないといけない。では、NATOが南米の国々に対してアーティクル5を適用させるとでもいうのか?それにイラクから難民が出るそもそもの原因を作ったのは欧米とイスラエルだ。

プーチンも聖人とはほど遠いが、それでも彼は全面的な対決を避けようとしてきたように見える。むしろ、避けたかったというのが本音ではないだろうか。

しかし、ロシアが本気でことを構えるのなら、1撃で相手の戦意を喪失させることが必要になるだろう。例えば、NATOの衛星をすべて同時に撃ち落とすといったような。

そして、大規模な破壊の余波は世界中に波及する危険性をもつ。

双方が兵を退いて、ウクライナの汚職と貧困、空港で人身売買撲滅キャンペーンのCMが延々ながれるような嘆かわしい状況を立て直すことを最優先すべきだ。それが本来の意味で国を取り戻すことではないのか。

自分が出会ったウクライナの人達は優しかった。いつも苦しむのは普通に生きたかった人達。どこの国を見てもそれは同じだ。

そして、国同士が争う時、必ずその両側に影響を与え、結果をコントロールし、裏でほくそ笑んでる奴らがいる。それこそ気の遠くなる昔から。

結局、そいつらを潰さないことには。
今の時代こそ、それを成す最後の機会。
まずそのことに気がつかないといけない。

国を想う歌を平和な世界で歌えるように

「ウクライナは滅びず」

※ひまわりはウクライナの国花




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ともmusicwriter
東京在住の音楽ライター。サイト:https://www.jame-world.com/en Kindleで詩集も出してます。テンプル大学ジャパン卒業。 アメリカに留学経験あり。詳しくは、自己紹介ノートをご参照下さい。