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レタス

駐車券を握りながら、カタカタと不細工な音を出す軽自動車を、白線と白線のの間に駐車する。10万キロを超えてから、より一層に不安を掻き立てるこの車とお別れをしたいが、収入がない状態で新しい車を買う目処も立てない。それどころか一か月後に迫った車検をどうやり過ごそうかと考える日々。

悩み事は尽きない

車から降りると駐車場出口付近で工事を行っている。近くに重要文化財がある為か、なにか普段の仕事とは違った緊張感。古きを愛でる日本人の趣を背中に感じながら自動ドアを通る。図書館を入ってすぐのエントランスルームで福島原発被害者を題材にした写真展が開かれている。2週間前はレトロなおもちゃ展を行っていた場所とは思えないほど、悲哀な空気を孕んでいる。行き交う複雑な感情を横目に、駐車券を無料にできる機械にカードを差し込み、いつもの窓側の席に腰を下ろす。

BOSEのヘッドフォンから流れるDaisukeMiyataniの優美なアコースティックギターと色気のあるピアノの旋律を楽しみ、今日もアンビエントな時間を作り出す。平日の図書館は、まったりとした独特な時間が流れる。ただ、のんびりとした時間の中でも新聞の殺人事件や国と国の思想がぶつかり合う文章が存在し、それを情報としてこんなに心地の良い時間にインプットしている人がいると思うと、なんだか凸凹で変だなと思える。

今日の持ち込み本は、ニートを満喫しながらも、なけなしの責任感で受けている国家資格の教則本と心理学の本。僕はどうやら人の話を聞くのが得意らしく、本質にある悩みや思想を拾い上げる技術がある。金になるのかならないのか分からない技術に箔を付けたく、僕は資格を勉強している。

本を読んでいる理由は2つある。

1つは本を読む事で現実逃避をする事。怠惰でありながら、そんな怠惰な事を許せないのは、幼少期の頃から自尊心を浪費する癖があり、未だに失った自尊心の返済が追い付いていないからだ。僕は、僕自身を許せないまま大人になってしまった。

2つ目は、言葉が著者との思想を繋げてくれることだ。本は本として存在していて、書店や漫画喫茶に気付いたら’’在り続ける紙の塊’’と気にも留めたことがなかった。ただ、僕も大人になっていく過程で、目の前にある形あるものが、誰かの思想で出来上がっているモノだと知った。

一時期は職人と呼ばれる村井にとって、モノ作りは一つの自己表現方法であり、物質を通し、作り手の存在を作品に落とし込む事で、自己満足をするのが職人業の醍醐味だ。僕は、少なからず楽しみとプライドを持っていた。作品には作り手の心が宿ってしまう事を知ってから、目の前にある紙の塊は、一人の人間の感性を紐解くモノだと感じるようになった。図書館はそんな感性や思想が行き交う交流場として僕の中で存在している。

と、それっぽく語ればこんな感じだが、何となく面白い本に出会って、何となく答えがある様な気がして、なんとなくダラダラと遊びに来ているだけなのだが。無駄に語彙力を増やした大人が難しく語る癖は、’’拗らせ’’とも取れる。僕は拗らせた大人になってしまった。

席に腰かけ、資格の本と心理学の本を、5分毎交互に読む。交読と言われる読み方は、短い時間の中で2つのカテゴリーの情報を入れる事で、脳の中の学習シナプスを活性化させる効果がハーバード大学の研究で1983年の論文で発表された。僕は、効率よく作業をする事が美しいと思う節があるので、この交読の文化は気に入って取り入れている。とそれっぽい情報を乱雑に並べてみたが、単に飽き性なだけなのだ。’’交読’’や’’成長シナプス’’は今考えた。ハーバード大学はあるけど、1983年にどんな論文が出たかは全く知らない。

傾聴技術を使いながらクライアントの話を紐解いてく手法の手引きを記してある資格の本と、成長過程による精神的未熟な親に育てられた子供の末路をテーマにした心理学の本は親和性があり、組み合わせはどうやらバッチリのようだ。真面目な本を読み続けるとガムの様に10分でもインスタントな遊び心が欲しくなり、受付付近にある雑誌コーナーに向かう。

流行の俳優や、紅白に出ている売れっ子アーティストが表紙の雑誌のジャングルを掻き分け、僕はビジネスマン用の「心をつかむ話し方」「病まない精神力」などのビジネスライクな本を手に取った。働いていないのにこんなものを読むのかと言われれば、反論をしたい。社会に戻った際に、ちょっとでも優位で楽に立ち回れる準備をしときたいのだ。自身の無さをカバーしたい健気な行いだと思っている。

雑誌を席に持っていき、ハーフサイズの短い溜息をついた。こんな天気の良い日にはサンドウィッチとおいしいコーヒーを嗜みながら日向ぼっこをしたい。想像のレタスの食感にウットリしながら、外を眺める。


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