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#939 わが没理想は、虚空のごとし

それでは今日も坪内逍遥の「雅俗折衷之助が軍配」を読んでいきたいと思います。

夫れ逍遥が没理想は、理想を有りとしも、無しとしもせざる方便の論なれば、かの大宇宙とおなじく、万理想はおろか、万哲学系を容れて餘あり。絶対不二の大眞理が古今の哲学を残りなく折伏し、融會し、若しは悉く併呑統一して、宇と宙とを貫き、太陽系を花鬘[ハナカズラ]ともし、子プチューンの軌道をば靴紐ともし、無上無比、不増不減の妙光を發ちて、如々然としてあらはれざる間は、此の方便的没理想の魂魄は、弥勒の世は来たるとも、ミレンニアムは到るとも、時間と共に無終無極、無盡無窮なるべし。わが没理想は、譬へば猶虚空の如し、将軍にいかなる莫耶[バクヤ]の利剣ありとも、恐らくは虚空を斬るに由なからん。
"For it's,as the air, invulnerable,
And your vain blows malicious mockery.

莫耶は、#825で紹介した「眉間尺」の母親の名です。ちなみに父親の名は干将[カンショウ]といいます。

最後の英文は、シェークスピアの『ハムレット』の第一幕第一場で、突然現れたハムレットの父の亡霊が退場したあとのマーセラスのセリフです。
「空気のようにまったく手ごたえがないし、われわれの攻撃をあざけっているようだ」。原文では、上の「your」が「our」となっています。

敵将軍はまた、逍遥が詩文に対する没理想を難じて、こは宜しく没主観と名づくべき者なり、といひ、一轉して「逍遥子と烏有先生と」と題したる論陣を押しいだし、没挿評の餘論に及び、例の精しく議し、博く證して、縦横辨難、荘重森厳、整々又堂々、まことに呉子がいへりける、車は管轄を堅くし、舟は櫓楫を利[トク]し、士は戦陣を習ひ、馬は馳逐を閑[ナラ]ふ、といふ、力機ことごとく具足して、物すごくもまた妙なりける陣立、味方もあッとぞ感じける。蓋し此の没主観論は、今回の役にはじまりたるにあらずして、已に山房論文の其の七の附録「其の言を取らず」の中にも見えたり。

#932で呉子の四機についてちょっとだけ紹介しましたが、兵を用いるにあたっての四つの契機に関する説明は以下のように続きます。

兵に四機あり。一に曰く、気機、二に曰く、地機、三に曰く、事機、四に曰く、力機。三軍の衆、百万の師、軽重を張設すること一人にあり、これを気機と謂う。路狭く道険しく、名山大塞、十夫の守るところは千夫も過ぎず、これを地機と謂う。善く間諜を行い、軽兵往来してその衆を分散し、その君臣をしてあい怨み、上下をして、あい咎めしむ、これを事機と謂う。車は管轄を堅くし、舟は櫓楫を利にし、士は戦陣を習い、馬は馳逐を閑う、これを力機と謂う。この四つのものを知れば、すなわち将たるべし。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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