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とんがりハウス

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はじめての街で暮らした1年間。 私が暮らしたとんがりハウスと、そこで出会った、あたたかなひとびと。
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記事一覧

限界集落に移り住む、カメラマン

彼女は私と同い年だった。短くきったショートカットがこんがり素肌によく似合って、学生の頃に会っていたらきっと意気投合していただろうなと思った。いつも笑顔の彼女は、どんな人を前にしても、すっと懐にはいってしまうようのな魔法のような魅力を持っていた。

彼女と出会ったことは、あるひとつの村と出会ったことを意味する。彼女は、私が移り住んだ町からいくつもの山を越え、さらにその先の山のなかにある小さな村へ暮ら

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結婚を控えた研究者

かつて彼女は、東京の某有名国立研究所に勤める優秀なキャリアウーマンだった。彼女の発言は、いつも頭脳明晰、会話をするにもちょっとした緊張感を感じるほど、常にオン状態のような人だった。それでいて彼女には相手を思う慈しみのような愛情が深く備わっていた。また、あえて書き記すのだが、彼女はとても綺麗だった。その厳しさと優しさ、そして美しさに、まるで鏡の前にたたされたように、自分がはずかしくなったことを今でも

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台湾から来たベビーシッター

彼女の本業はベビーシッターではない。けれど、あの街ではベビーシッターとして働いていた。正確に言うと彼女のボスの息子をみていた。息子は彼女のことが大好きだったし、彼女もまた、子どもをかわいがった。

彼女は、決して人のことを悪く言うことはなかったが、彼女の性格はとても敏感で、とても傷つきやすかった。誰も傷つけないかわりに、彼女はひとりで我慢してしまうところがあった。彼女はときどき、トンガリハウスにや

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SF小説好きな、アップルパイ屋の店主

心優しい彼は、毎日アップルパイを焼くためにこの街に通っていた。冬になると通うのも一苦労の山間の街が彼の暮らす街だった。彼は、自慢のアップルパイひとつを、この街で売る事に決めたのだ。

アップルパイは、大人気だった。アップルパイを買うために、遠くからやってくるお客さんも多かったし、朝はやくからせっせと焼いたアップルパイは、夕方を待たずに売り切れる日もあった。彼は、アップルパイづくりに誇りをもっていた

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東京から通うフリーライター

とんがりハウスで一緒に暮らしていたもう一人に、彼女がいる。東京在住のフリーライターだ。彼女は、世の中の動きに敏感で、物事の処理能力や行動力に優れ、おそらく“ネタ”を見つける嗅覚も高い。そんなわけだから、あの町に興味を持ち、気に入るのもおかしいことではなかった。町のキーパーソンを見つけ、言葉に耳を傾けることで何かを見いだそうとしているのが彼女の好奇心旺盛な目から伝わってきた。私は、町に暮らしていなが

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あの街のこと

その街は、やっぱりちょっと稀有な街だったと思う。半径4kmの円のなかにすぽりとおさまる小さな街には、日本中から(ときには世界各地から)面白い人材が集まっていた。それは、最近流行の「移住」や「地域活性化」なんてのにぴったりはまった人たちだった。そう、「町おこし」の見本なんかになってしまうような元気のいい街だった。ギラギラした人たちや、今風のカタカナ書きの成功者(や予備軍)たちが視察や、なにかを実践す

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民宿に嫁いだテキスタイルデザイナー

どちらかというと奥手の人が多い(土地柄なのか)あの街で、彼女はひときわ明るく、社交的だった。はじめて会ったときも、とびきりの笑顔で、私を受け入れてくれた。それは性格だけではない。彼女はいつも、明るい色のある素敵な生地の洋服を着こなしていて、髪型やメイクもキラキラとしていて、私はすぐに、彼女のことを好きになった。

彼女は、東京の美術大学を卒業したあと、夫の実家であるあの街で、実家の民宿を手伝うため

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新規就農のために移住してきた男

その男は昔、大手自動車メーカーに勤めていた。若い人たちを指導する長が付く役職まで昇進していたという。けれど彼は、三十代の半ばで、農業の世界へ飛び込んだ。結婚や約束した彼女を地元において、単身、あの街へ移住した。自分より年下の先輩に弟子入りをし、ゼロから農業を学んだ。

彼は、テンガロンハットがよく似合った。使い込まれたテンガロンハットをかぶり、畑にでる彼は、真っ黒に日焼けして、爪には泥がつまって、

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スン!とまっすぐ伸びた人

はじめてこの人を紹介されたときのことを、私は覚えていない。けれど、会ったときに、「あ、この街にきてよかった」と小さいけれどたしかな確信をもったことは覚えている。その人はとても背が高く、ひょろり、というか、スン!としている人。建築を愛していて、建築が縁となりこの街に移り住んだ人。自慢や主張という言葉からは遠いところにいる人。いつも、自分の話より、私たちの話を聞いてくれる人だ。私たちは、ちょろちょろと

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おとなな、彼女

「イタリアから帰ってきた」と紹介された彼女は、すらりと細い足に大人の女性の色気漂う、まさにイタリア帰り、笑顔のすてきな女性だった。一緒に並ぶと、私たちの子どもっぽさが際立つ気がした。

彼女はすごく人なつこくて、外見とはまるで異なる、ひょうきんな人だった。いつも体いっぱいに気持ちを表現して、私たちのことをかわいいかわいいとすごく大切に、かわいがってくれるのがとても照れくさかった。

彼女は「全身全

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やさしい妖怪。

おはなしのなかでときどき登場する「私たち」というときの、私ともうひとり。それは、とんがりハウスの同居人であり、仕事の同僚であり、私をいろいろなところに連れて行ったり、いろいろな人に出会わせてくれた、相方のような存在。私より年下だけども、私よりしっかりしていて、心がとてもやさしくて、尊敬できる彼女。とにかく、いつも、いろんなとき、いろんなところを一緒に過ごした。

彼女はどこか古風なところがあり、そ

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とんがりハウスの大家さん

10年以上、誰も暮らしていなかったとんがりハウスは、定期的に風が通り、少しずつ修繕をほどこし、庭もつねに手入れがゆきとどいている、まるで空き家らしくない空き家だった。幸運すぎる出会いを与えてくれたのは、大家さんご夫妻だった。歳は八十歳を過ぎているだろう。耳がとおく、ゆっくり話したり、同じ会話を繰り返したり、私たちは会話を重ねた。ご夫妻にシェアハウスのことを説明してもあまりピンと来ない様子だった。半

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会社員をしながら夢を追う二人組

私たちは一度、ゲストハウスで一緒になった。私が街へやってくる前のことだった。一人は、古着やアンティークが好き、もう一人はカメラが趣味、ともに24歳の男の子だった。旅が好きで、旅先での出会いに好奇心がある彼らは、春からこの街に暮らすことになる私に、ふたたび遊びに来ますと、再会を約束してくれた。

私たちは、すぐに再会する。彼らのフットワークはとても軽く、平日は仕事に打ち込み、週末になるとそれぞの趣味

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愛すべき、社長ムスコ

ムスコはやはり会社を継ぐことを約束されていて、街を出たのは学生時代のときだけ。今はまた、この街で、自分のところの会社につとめている。自分の家が大きな老舗会社だったというのは、たまたまだ。「たまたま」としか思えないほど、彼には、社長とか、リーダーとか、ましてや、会社とかが似合わないのだ。それなのに、彼は社長のムスコだから、いろんなことを期待されて、結果、いろいろと言われているようだった。

私は、休

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