あの街のこと

その街は、やっぱりちょっと稀有な街だったと思う。半径4kmの円のなかにすぽりとおさまる小さな街には、日本中から(ときには世界各地から)面白い人材が集まっていた。それは、最近流行の「移住」や「地域活性化」なんてのにぴったりはまった人たちだった。そう、「町おこし」の見本なんかになってしまうような元気のいい街だった。ギラギラした人たちや、今風のカタカナ書きの成功者(や予備軍)たちが視察や、なにかを実践するためにやってきていた。そして、あの街には、そんなよそ者を面白がって受け入れる器の広い町民がいた。

私は、はじめ、そんな有名な街とは知らず、けれどちょっと歩いただけで、この街に住むのも悪くないなと、ほとんど直感で移り住むことに決めてしまった。その直感は、街の全体に漂っている生活への気概や美意識の高さが、導いたものだった。私は、そのときに滞在した数時間で、遠く離れたあの街で暮らすことを決断するのである。

私は、その後、たくさんの元気で勢いのある人たちに会うのだが、ここに登場するのはそういう人たちではない。「町おこし」の見本として元気いっぱいに登場する人たちではない、数多くの魅力的な人たちに出会うのである。ときには、とんがりハウス(と後に名付ける一軒家)で、また、ときには街のどこかで。あくまで自分たちのテンポ感で、自分が信じる事のできる何かを持ちながら暮らす人々に出会うのである。

これは、流行りの「移住」や「町おこし」のエピソードの裏で生まれた、しずかな出会いの記録である。(現に私は1年であの街を去るのだから、世に言う「移住」のカテゴリーにははいるはずもない。どちらかといえば「移住」失敗組なのだから。けれど私は、流行りの「移住」とはちがう、「移住」の意味を、今も模索している。信じている。)

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